2007年12月31日

根岸の海岸

Mama John八人兄弟次女実家根岸に有り、
 私中学生に成るまで夏休みはそこで過していました。

そこもやはり海岸淵根岸小学校から三渓園まで
 米軍に接収され、小型戦闘機離着陸していました。

中間あたりに漁業者用にに出られるが一本あり、
 堤防が斜めに傾斜して其処だけが飛び込め好きな場所で、
怖かったのは毒針を持ったアカエイぐらいで、
 様々カニなど海洋生物遊んだものです。

根岸湾では海苔アサリ養殖をしており、
 海苔シビ埋めていました。
実家勿論海の近く家庭では海苔魚屋さんで手に入り
 自分たちでヨシズ干し造っていました。

アサリ赤貝沢山採れましたが、
 漁師さんに見つかると、 にぶちまけられました。

そこから潮が引いていれば三渓園海水浴場まで
 海岸伝い歩いていけて、途中に二つの大きな洞窟が在り、
  考えると船舶隠していたか砲台在ったのでしょうね?

今日は大晦日2008年戦争の無い世界であって欲しい!
                               つづく!

2007年12月30日

○○カメラ店

生まれたのは山手外人墓地のそばの無き
「山手病院」
だそうで、
吉田町当時福富町・若葉町全体
 金網囲まれ飛行場もあった米軍施設で、
  そのゲート前「○○カメラ店」在りました。

父親Papa John男五人兄弟長男で、
 他兄弟写真店営んでいました
(馬車道東京駅八重洲口・伊勢佐木町よりの吉田町にもう一軒
    ・日ノ出町に現像所)
吉田町には叔父さん「○○写真館」も在り、
  叔父さんスタジオでは
ストロボマグネシウム「ボッ!」発火
 させるもので、フィルム乾板でした。

不二夫さんから聞いた話では、有名人ポートレイト
 頼まれるとカメラ出さずに、撮られる本人あきれる程
  世間話をして緊張無く成った時に、一枚撮ったそうです。

吉田町には小学校二年ぐらいまでいました。
 家聴いていたレコードは、
  サッチモ、マヘリア・ジャクソン、
   グレン・ミラー、パティ・ペイジ。

日本人では雪村いずみ、江利チエミなどの洋楽でした。

そのころ近所で良く遊んだのは、女優さんに成り、
 今でも活躍しているSさん
John Johnの近くに来た時はを出してくれます。

                       つづく!

2007年12月23日

ジョン・レノンとUFO

WALLS AND BRIDGES (心の壁、愛の橋)


ジョン レノン作品は殆ど全て好きなのですが、
 それぞれ自分なりの考え方複雑絡み合っています。


特にこのアルバムが好きなのは、大好き
 ジェシー・エド・デイビス
ヨーコ別居のこの時期、
 「スタンド・バイ・ミー」で有名な(ロックン ロール)
    との2枚参加している事です

ファースト・アルバムに入っている「Golden Sun Goddess」
(エリック・クラプトン、レオン・ラッセル参加)


ボブ・ディラン「I Shall Be Released」
 知るしとぞ知るJohn Johnテーマソングなのです。


イントロで始まる、「Old Dirt Road」
 どなたでも聴いた事が在るだろう?「Bless You」
  ピアノはニッキー・ホプキンスですよ


本当に極致の演奏と録音です。もう一曲気になるのが
「Nobody Loves You (When You'er Down And Out)」
 
  タイトルだけで???に成りますよね
   此れが聴きたい日聴きたくない日がはっきりしています。
   ジェシーについては、又「つぶやき」ます。

LP (WALLS AND BRIDGES)
 かなり立体的?ジャケットお店で使っていると
  ボロボロに成りました、説明がうまく出来ませんが、
   John Johnで見て頂けば判ります。


そしてジャケットの中に、
 (On the 23rd Aug.1974 at 9 o'clock
    I sow a U.F.O J.L)
と記されている事です。


実は僕もこの年(1974)ジョン来るというので、
 郡山「ワン・ステップ・フェスティバル」へ行き、


その後友人一ヶ月半に渡る日本ほぼ一周
 野宿・ヒッチハイク
に出たのですが、
  最初山形「花笠祭り」最中

 不思議な航跡オレンジ色みたいな
  彼らとの最初の出会いでした。

2007年12月21日

エリック・クラプトン 2007

  ☆クロスロード・ギター・フェスティバル 2007 JULY 28  いや〜良いですよ!!! 
 何より嬉しかったのがディレク・トラックスを堪能出来た事です。DISK ONEではザ・ディレク・トラックス・バンドで一曲目にSusan Tedeschiという女性ギター・ボーカリストがギンギンで格好良く、二曲目(エニーデイ)は今、若手ナンバーワン・スライド・ギタリストのディレクがまるで、スカイ・ドック・デュアン・オールマンとディキー・ベッツが合体した様な演奏を披露してくれます。三曲目は感涙もので、あのジョニー・ウインターとの共演です、話には聞いていましたが、やはりジョニーは立って演奏する事が出来なく成っていましたが(追憶のハイウェイ61)を此れまでになくギターソロを長く遣ってくれ、音色も角が取れて美しく、彼の遺言の様に感じてしまいました。此処ではバッキングに徹しているディレクが叉好ましいな!陽気なロバート・ランドルフ、何時ものコキコキ音のロバート・クレイ、スティビー・レイ・ボーンの兄貴のジミー・ボーン、王者の風格 B.B.King、クラプトンとのニコヤかな共演のシェリル・クロウ、カントリーの大御所ウイリー・ネルソンと続き、DISK TWOへ。
 いきなり遣られました!ジョン・メイヤー!(ビリーフ)二曲目(グラヴィティー)若手注目ギターリストの演奏は最高潮だった頃のエルビン・ビショプを思い出しました、暫く聴いていなかった懐かしき気持ち良さを頂けました。
 ジェフ・ベック!(哀しみの恋人達)(ビッグ・ブロック)格好良い〜〜〜!常に前進しているギター小僧のサーカス!魅せてくれる・聴かせてくれる! 小父さん的にはベーシストに目を奪われました!ジャコ・パスが好きなのかな彼女は?「私はジャズ・ベーになりたい!」→「私は貝になりたい!」の親父ギャクです。観れば納得しますよ!
 さて、クラプトン・バンドの登場です、ドイル・ブラムホール・Ⅱ、ディレク・トラックスを従え、(テル・ザ・トゥルース)見直しました!感動しました!戻ってきました!スロー・ハンド!彼自身も言っているけど、若手との共演が「刺激」なのでしょうね、又その若手達に道を示しているのは敬服します。(イズント・イト・ア・ピティ)もう此処まで来るとジョージ・ハリソンの(All Thing Must Pass)聞き直しちゃいましたよ、ジョージのパートをディレクにスライドさせ、あの時より素晴しいエリックの演奏!パティやジョージやレイラの想い出!
 あれ?ブラインド・フェイスの復活か?と思わせるスティヴ・ウィンウッドの登場、永らく聴いていなかった彼のギター・プレイが楽しめます、キーボードだけでなくギターも良いんですよ!そこら辺はアル・クーパーと似ていますね。
 今年のフェスの場所はシカゴ。トリは現在、ブルース、ギター・ボーカルで一番脂がのっているバディ・ガイ!神業です!ブルースに限らず、音が無くても脳裏に音が聞こえて来る「無音」を表現出来る彼は「時間・次元」の表現者だと思います、エンターティナーだし、楽しく観客を巻き込める技(心)を持っていますね!最後のセッションも本当に楽しいです。
                       是非、皆様と一緒に楽しみたいです。待っています!

2007年12月 8日

Imagine

JOHN LENNONたれてから27年
  昨晩も多くのJOHNBEATLESビデオを観たり
   CDを聴いていたりしましたが、
JOHNの曲の言葉から受ける影響が未だ大きいです。

相変わらず、武力に寄る抑圧殺戮止まない世の中ですが、
負けず愛と平和な世界実現思い続けていかなければ!

映画「IMAGINE」追悼の為に市民が集まった
「愛こそはすべて」のシーンを最近やっと観れる様に成りました。

今日も又、街往く人々Johnの曲で
           目と目が会った時、笑顔を交わせます様に!

2007年12月 7日

光るキノコ

30年程前、2回目に小笠原父島へ行った時、梅雨時で5日も雨が降り続き、至る所で小さな滝が出来ている様な状態でしたが、雨が上がりかんかん照りの2日後、お世話になっていた「RAO」のNORI君とYUKINO-CHANが「グリーンぺぺ」を見に行こうと、車で山へ連れて行ってくれました。ラジカセでピンクフロイドの「Echoes」をかけながらランプをたよりに沢を下り「此処だよ!」と云われた場所でライトを消すと周り中「グリーンに光ったキノコ」に囲まれた、お伽の世界でした。どの位沢山在るかというと、自分たちが降りて来た場所がくっきりと黒い道に成っているのが判る程です。キノコ一つで暗がりで新聞が読める明るさです。おでこに付けて「第三の目」と云ったり、光る苔がこびり付いた竹棒を振り回し、「スターウォーズ」気分に成って遊びました。(今は数が減ってしまったのでこんな事をしてはいけません!)
小笠原からの久々の便りが在って、昨晩はTVで「光る生物」でキノコもで出来て。今晩は此れ又、久しぶりに旅行好きで以前父島にも行った事があるお客様が訪ねてきました。今回は「ブータン」帰りだそうです。デヴィド・ギルモアもカルマで「光るきのこ」に繋がっていました。