2008年9月27日

ヒッピーとお遍路さん

(ヒッチハイク・シリーズ)

いつまでも続く、「阿波踊り」余韻の中、小学校での野宿からを迎え、知り合った若者れ、二人旅の再開です。

四国太平洋側国道は、他の地方とは違い、「湘南」景色「箱根」山路交互れる、独特です。

何処漁村か覚えていませんが、夕方を迎え、今夜は「阿波踊り」で燃焼した体力回復すべく、「野菜炒め」決定へ向かい八百屋さんを探すとに在る「野菜くず」発見!

「これ、いくらですか?」ねると、怪訝そうに僕等つめ「只で良いよ!好きなだけ持っていけ!」と。ラッキー! 「キャベツ・大根の葉・ネギ」切れ端・などなどGet!

はとなりの肉屋さん、豚肉が入っていない「野菜炒め」横浜生まれの僕達にはえられません。「豚コマ、100円分下さい」と言うと、へんぴな村の事、しらない顔不信よそ者の登場には敏感です!

ましてや、長髪・短パン・日焼け! 店主と奥さん「尋問」まり 少々の村人くで監視?横浜から出て来て、ヒッチハイクを続けている事や経緯しました。

りの人もどんどんづいて来ます? 店主が秤で、経木豚肉を入れて僕達に渡しましたが、100円で、こんなにあるかと思うでした。

 「待って!これ持っていきな!」と奥様が「卵」2つくれました

その時代のは「空海」「お遍路さん」の事は、殆どりませんでした。今思えば「お遍路さん」も通らない道外れの漁村にも、「お遍路さん」助力する風習・心付いていたのだと思えます。

ヒッピーもお遍路さんも、「心の道」旅人わりありません

ってぬ前に日本を見ておきたいと思ったが、「生きる道」いていた事に、本人づいていません!?! 

「馬鹿は死ななきゃ解らない!」かなぁ〜〜

 

堤防の側で、村人「優しさ」と久々の「焚火の臭い」まれながら食べた「野菜炒め」〜〜〜「卵」は朝食の「目玉焼き」だ〜!

             つづく

2008年9月22日

阿波踊り

(ヒッチハイク・シリーズ)

徳島市内に入るとのそこそこで、町内の有志が太鼓を持ち出し、踊り手いています。本番ちきれないパワーです。

旅費ぐべく「アルバイト募集」の張り紙を頼りに「面接」僕等風体を見て担当者は明らかに「硬直」うちは飲食店なので」られました。し紛れに「僕も飲食店をやっているのですが」と言ったけど無駄でした。

めて、街中での野宿どうし続くであろう喧噪危険を避けるべく、今夜寝床を決めるためお寺ねましたが、当然ここでも門前払い!

枯山水素晴しい禅寺で、もし長髪のヒッピー寝袋横に焚火を食べていたら、拝観者ビックリしたでしょうね?

は、夏休みの小学校体育館目当てで、職員室を訪ねると校舎内駄目だが給食室用具置き場の間ならと許可を貰いました。

本番「阿波踊り」整然とした「連」もくもくっています。僕等素人参加するすべもありません。

何時間も経って行列わりに近づいた頃、突然チャンスが来ました、っぱらって着物ははだけデタラメの踊り普段着で肩を組み合いわめく男女柔道着剣道着!

ここしかい〜〜!バックパック負ったままの踊り方も知らない僕達も、ここは大丈夫!「徳島大学」「連」グループです。ヤッタ〜念願の「阿波踊り」に参加!

「踊る阿呆に、見る阿呆!
   同じ阿呆なら、踊りゃにゃ、そんそん!」

       つづく

2008年9月21日

初めての「四国」へ

(ヒッチハイク・シリーズ)

最近くの方から「行方知れず?」心配されている、ヒッチ相棒KZに会って、当時記憶ねても、2人が京都に、何日居たかはかではありません。多分4〜5日だったと想います、その間、名所と言われているところをブラブラ散策していました。

徳島で行なわれる「阿波踊り」を見学するべく「屋根と畳が在る、安らぎの京都」出発し。まだ多少があったので電車和歌山まで乗り、フェリー乗り場へ向かいました。

乗船券は買わずに、フェリー乗り場で、乗船を待っている車の同乗者として「無料」対岸四国徳島「小松島港」へ渡る「作戦」です。

大成功!ヒッチにもれて来た僕等は、長距離トラックGet、運転席の後ろのベットに相乗り

デッキに出ると、車座になっておを飲んでいる老若男女が、楽しそうに一人・二人とっています。長髪な格好をしている僕達にも「こっちへ来い!」とおを勧めてくれました。僕は当時はまなかったのですが、お言葉に甘え(実は、肴の御馳走が目当て!)およばれしました。

この人達から「阿波踊り」には「男踊りと女踊り」がある事をめてえてもらいました。もう徳島に着く前から「阿波踊り」っているのです 都会いていたり、学業に就いている人々が、一年に一度、この故郷に戻って来るのをしみにしているのです。

両親とも横浜生まれの僕達には、「古里や故郷」に帰る「楽しみ」りませんでした。

最終フェリーだった為、も更け「小松島港」近くの公園野宿僕等と同じようにバック・パック背負った長髪・日焼けの若者合流。芝生で寝転んでいても、同じ公園で小グループの夜明かしの「阿波踊り前夜」しむ環境で「本番」しみに、久々「大地に寝袋」!

       づづく

2008年9月18日

YouとChon

(ヒッチハイク・シリーズ)

京都で、Mさんミュージシャン・ファミリー凸凹コンビヒッチハイカー面倒を見ていてくれた、地元若者カップルは、に彼らのであった「銀閣」から「南禅寺」に続く「哲学の道」におを創るべく「銀閣」参道革細工アクセサリー製作・販売していました。

YouとChon、彼等の夕食招待された時、僕の人生かがわりました。美味しい御馳走想像していた僕等の前に出て来たのは、「パンの耳」と「ジャム」でした。

ミュージシャン・ファミリーの為に、別の部屋まで用意してくれていた方が, こんなに「質素」生活をしていたのかき、の生き方に「質素」であることの「誇りと喜び」ばせていただきました。

それからで、神社境内公園Mさんの「円盤だよ!円盤!ヴァイブレーションだよ!○○君!」車座ぎ合ってになり「世界の平和や安定、愛」みながらユラユラ「円盤」になってんでいた時は、本当に持ち良いものでした。

        つづく  

2008年9月15日

クレイジー・ギタリスト 「手嶋博之」

クレイジー・ギタリスト 「手嶋博之」

08/09/14

中秋の名月涙の雨る、クレイジー・ギタリスト「テッシー」

「髷詩鼓」の淑子さんから、ライブの始る前に訃報を伝えられました。奥様の清美ちゃんとも同じ 30年以上の付き合いで、まれると、KENZOと同じ、別人「酒乱」になるでした。多くの人はそんな「別人」「グッピー」やいろいろなヨコハマ酒場で見かけたと想います。

淑子さんは取っ組み合いの「殴り合い」をしたそうですが。何度ってらせてやろうかと思ったことがあります。でも反対「何か」らせて貰ったかもしれません。

ハード・ロック大好きで、いるとうるさく、いないとしい? 何時もギターをかきらし、「ガン・ガン!ギャー!!」でした。

  

でも、おのこと、きだったよ

    天国でも地獄でも Love & Peace .....& Music  テッシー♡

ギター 一本

(ヒッチハイク・シリーズ)

京都での共同生活2日目、ギタリストKちゃんが僕とKZに「これからライブに行くから」いに来ました。これがビックリ!「流し」と同じでスナック酒場ね、演奏をさせてもらうのです、全く当てもなく飛び込みでお願いするのです!

京都大学の近くの「百万遍」という地名にある、ママがいるバーでやっとお呼びが掛かりました。何もお店で注文出来ない、僕とKZは隅の方で小さくなりながら、Kちゃんの演奏が終わるまで見守っていました。

いくら貰ったかは解りませんが、ミュージシャン・ファミリー生活費一役たったはずです。この日からギター一本、体一つでげる「ギタリスト」「ミュージシャン」尊敬の心が芽生えました。

    つづく

2008年9月11日

京都「拾得」

(ヒッチハイク・シリーズ)

京都駅を迎え、取合えず「清水寺」へ行き、緑の庭園にある「茶毛氈」に座りたく、ちょっと贅沢して、2人で「お汁粉」を半分ずつ食べましたが、これが後でも人生最高「甘さ」でした。

当時横浜にもそのいていた、ライブ・スポット「拾得」Mさん達の情報を得に行きました。そこは昔のの後に、酒樽などをイスにしていたり、当時では初めて見た「ヘッド・ショップ」が店内にあり、外国製の見たことも無いグッズを売っており、アメリカ人らしい若者が楽しそうに説明してくれました。僕は2つ程、グッズを買いました。既にライブは何日か前にすんでいましたが、手がかりを掴みました。

ミュージシャン一行は、銀閣寺近くの友人の世話で、十畳程の部屋を別の場所に借りていて、らもそこにがり込みました。 しぶりで、屋根の在る、の上に寝袋で寝ることが出来る日が来ました。

    つづく