ヒッピーとお遍路さん
いつまでも続く、「阿波踊り」の余韻の中、小学校での野宿から朝を迎え、知り合った若者と別れ、二人旅の再開です。
四国の太平洋側の国道は、他の地方とは違い、「湘南」の景色と「箱根」の山路が交互に現れる、独特の道です。
何処の漁村か覚えていませんが、夕方を迎え、今夜は「阿波踊り」で燃焼した体力を回復すべく、「野菜炒め」に決定、村へ向かい八百屋さんを探すと店の前に在る「野菜くず」を発見!
「これ、いくらですか?」と訪ねると、怪訝そうに僕等を見つめ「只で良いよ!好きなだけ持っていけ!」と。ラッキー! 「キャベツ・大根の葉・ネギ」の切れ端・などなどGet!
次はとなりの肉屋さん、豚肉が入っていない「野菜炒め」は横浜生まれの僕達には考えられません。「豚コマ、100円分下さい」と言うと、へんぴな村の事、しらない顔の不信なよそ者の登場には敏感です!
ましてや、長髪・短パン・日焼け! 店主と奥さんの「尋問」の始まり? 少々の村人も近くで監視?横浜から出て来て、ヒッチハイクで旅を続けている事や経緯を話しました。
周りの人もどんどん近づいて来ます? 店主が秤で、経木に豚肉を入れて僕達に渡しましたが、100円で、こんなにあるかと思う量でした。
「待って!これ持っていきな!」と奥様が「卵」2つくれました!
その時代の僕は「空海」や「お遍路さん」の事は、殆ど知りませんでした。今思えば「お遍路さん」も通らない道外れの漁村にも、「お遍路さん」に助力する風習・心が根付いていたのだと思えます。
ヒッピーもお遍路さんも、「心の道」を探す旅人に変わりありません!
狂って死ぬ前に日本を見ておきたいと思った僕が、「生きる道」を歩いていた事に、未だ本人は気づいていません!?!
「馬鹿は死ななきゃ解らない!」かなぁ〜〜?
堤防の側で、村人の「優しさ」と久々の「焚火の臭い」に包まれながら食べた「野菜炒め」〜〜〜「卵」は朝食の「目玉焼き」だ〜!
つづく