2009年10月 6日

KENZO Night 報告


KENZO Night追悼ていただいた皆様ノーギャラ出演していただいたミュージシャン達ありがとうございました。

何の因果か?出席者煩悩の鐘の音のように108人でした。

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司会進行・ランキンこと白浜隆        Broken Arrow

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Saltyヒロシwithミッチャン            THE VODKA

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特別参入・ノゲラも一曲            BOBBY SOXER

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     TENSAW

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KENZO BOX               写真提供ひーさんとBroken Arrow

☆ドラゴン・クラブスタッフ達、ってくれたHIROMIさん、
KENZO想い出「おでん」ってくれたmammy
                      ありがとうございました。

コメント

イベントレポート、待ってました。 当日は行かれなかったので、
代わりにKENZO追悼アイテムを作成しました。

携帯電話専用です。
http://johnjohn.jp/m/kenzo.swf

解説ページは下記 (QRコードもあります)
http://johnjohn.jp/blog/jb/mkt/archives/2009/09/kenzo-mobile.php

KNZO NIGHT!!

行けずに残念でした。。。

私の知っているケンゾウは、仕事に対してはまじめでプライドをもっていて、よく彼と一緒に仕事をしながらときめいたものでした。

まだ私がとても若かったころマスターに尋ねたことがあります。
『どうして彼は、あんななの?]と・・・
『あんなふうにしか生きられないんだよ。』と言うマスターの言葉に、経験もなく想像力にも乏しかった私は、納得のいかない思いでいっぱいでした。

当時の彼と同じ歳頃になった今の私もこんなふうにしか生きられません・・・


ナイーヴでロマンティストでふざけた図体のでかい酔っ払いは、やっぱりなぜか憎めない男でした。

ジャスミン!........

僕達は、はなから、お仕着せの、勝手に囲まれた「社会道徳」の世界に
「?」を持っていたのさ!

KENZOもどうしようもない不良で、廻りの世界から疎外されていたからこそ
John JohnもKENZOも意地で「やるときは、俺はやる」と仕事中には、
KENZOは酒を飲まなかったのだと思う。
その点だけは「えらい」?...と酒浸りのマスターは?..........思う♬

余りにも美しい自然と宇宙!同じ旅を続けられる友達!美しく優しい女!
そんな世界を垣間見た、人生の一人旅を知っている仲間!
最後まで「Heart of Gold」を探し続ける生き方を、街中で貫いた彼の生き様は、
「良くやった!バカヤロー!」としか言えません!

俺より先に行くな!.......相棒...........................

でも、良いよ♪   Love & Peace ......KENZO.......♬〜♯〜♪

KENZO Night 「良かった!」の一言です。

壁に貼られたケンゾーの写真を見て、やっぱり信じられない思いと
やっぱりもういないんだという思いとが交錯しましたが、
流れる涙と一緒に事実を認める気持になったような気がします。

帰る時、安藤さんに出席者が108人だと聞いた時、
私も「煩悩の数と同じだ!」と思いました。
生前、煩悩だらけだったKENZOにふさわしい108人という仲間。

きっとKENZOは、あんなにたくさんの仲間が追悼してくれるなんて
思ってなかったでしょう。
うれしそうに声をあげて笑うKENZOの顔が浮かびます。

私にとっても懐かしい面々と再会することができ、とても楽しく、
昔に戻ったような気分になれた夜でした。

ジャスミンさんが言うように、確かに仕事に対しては、
普段のKENZOらしくない真摯な姿勢がありました。

昔、塀の中から出て来た時に、毎日、料理の事を考えていたと
大学ノート3冊に図体に似合わない細かな字でびっしりと
料理の事やレシピを書いたものを見せてもらったことがあります。
その時、とても意外な気持になったことを思い出しました。

私とはあまりにも生き方が違うKENZOだったけれど、
何故か気になる存在でした。

KENZO Nigntを開催してくれた安藤さん、ミュージャシャンの皆さん、
その他、いろいろ骨を折って下さった皆さん、本当に感謝です!

ありがとうございました!


マッハのヒデ。今夜もありがとう!
優しい人に巡り会ったマッハのヒデは幸せだね!

KENZOは一生懸命やる時はやったけど、飽きっぽい奴だったね?
足下の大事なものを見過ごす事が多かった?
そんな時、一言、小言を云うと、「フン???」と云うような顔をしていた。

ジャスミンさんが、誰かははっきり解らないですが?
彼女しかいないな?とは想像しています!

叉、コメントを入れてくれれば、少し近づけるのに、ジャスミン!

Netの世界は僕等アナログ人間には、恐ろしく怖い所でもあります。
ウェブ担当からも、肖像権や個人情報に対して、最高レベルの対応を要求されています。

KENZOとの旅の情報も「KZ君」としていましたが、
これからは本名で写真も載せます。このことは生前のKENZOとも了解済みです。

でもKENZOは、幸せにも肉体を離れ自由な世界に翔びだっています?♬?

横浜の夜の街の世界雑多な人々の「男と女」の猥雑な駆け引きが繰り返される中
「ジャスミ〜〜ン!」と去ってしまった女の名を叫んでいる彼は、
マスターに「JANISだろ〜〜!」と怒られ、出入り禁止になります♪

何度、来るな!と云った事か? 
それでもお互い、死ぬまで一緒だった♬〜♫〜♪

JASMINEです。(A WHOLE NEW WORLD)


マッハのヒデさんとは、“おでんKENZO”で何度かお会いしたことがありますね!


KENZOは、とてもわかりやすい男で勢いだけで生きていたあの頃の私は、毎日彼に体当たりしておりました・・・

『失いたくないものは、大切にしなきゃいけないと、昔あれほど母親に言われたじゃないか・・・』という昔読んだ小説のセリフが想いだされます。


今の私は、酒も飲まずたばこも吸わず、クラシック音楽を扱う店で働き、40の手習いで始めたピアノの練習に必死な日々を生きておりますが、20代のころと変わらず自分にウソがつけず、周りの人たちにも正直なことを言ってしまう様です。
(音楽をおしえてもらったのが、JHON JHONとKENZOですから。。)


KENZOとは10年近く会っていませんでしたが、今は楽しかったことと、いつも大ゲンカしていたことしか想い出しません。

マスターがKENZOに「おでんがまずい」と言って彼がすごく怒ったことがまるで昨日のことのようです...

ヤァ〜〜、ジャスミン♫ 今晩わ〜!〜♪〜♬
今夜のtaikan君のライブも最高だったぜ!

「あ〜〜!言っちゃね!」KENZOの「おでんがまずい」と僕が言った事?
あの伝説の「おでん相川」のお母様が車椅子に乗りながら「KENZO」に仕込んでいた
最初の、古きお客様がが知っている「味」が少し変わっていったんだ。

mammyと違って、僕も人の事はとやかく言える程、美味しいものを造る事が出来ません。
KENZOが何か大事な物に「手を抜いた」ことを感じたのです。

材料だけは「良いもの」を仕入れて、それなりの「値段」!
僕は、KENZOが真面目にやっているのは認めていたけど、僕達、野宿をして旅する者にも気軽に入れる「KENZO」にして欲しかったんだ。

僕もジャスミンと一緒で「本当の事」しか云えないんです!!!!!

あとね?僕とKENZOの共通する事は、多くの男もそうだと思うけど?
「算数」が苦手なのです!

僕はmammyがやってくれているから、なんとかJohn Johnのマスターみたいにしていられるんです。

KENZOもジャスミンに余りにも多くの「期待」を持ったのですね?
計算をしてくれたり、掃除・選択をしてくれたり!
確かに「KENZO」は綺麗で生き生きしていたよ♬

それでも、その後も、「孤軍奮闘」頑張ってやっていたと思うよ!

誰かに「甘え」なけれは、やっていけない、「大バカヤロー」の二人です。

だから、多くの友人達が自らの姿を「投影」して、「駄目さ加減」の目安にして「安心感」から安らぐ場所として愛したと想います!!!

今夜も伊勢佐木町に彷徨う音楽好きとKENZOが
「ジャスミ〜〜ン!」と吠える声が響いていました♬〜♯〜♪〜〜☆〜♬

「掃除と選択」........?

「掃除と洗濯」です。...............♬

俺もKENZOも「算数」だけでなく、「国語」も何から何まで「苦手」だった?

参加してくれたミュージシャンや参列者も何か?自分の駄目な部分を「自覚」していて、
KENZOを愛していたのじゃないですか? 俺達は「完璧」では無いって?

でも、より良い、世界を目指して頑張る事は、僕達の「権利!!!!」だ〜〜!

「KENZO Night」でランキンが「僕は、白浜隆です」と友人として、僕をサポートしてくれた言葉が、僕の脳裏に焼き付いています!

「亨明!グリコ!ノゲラ!ドノバン!オシ!ヒロシ!ミッチャン!タダ君!Nakaya君!
篠原さん!セーボウ!タケちゃん!グッピーの塩屋!VODKAの面々!ひーさん!
Mizuki&Motoko!ドラゴン・スッタフ!mammy!マッハのヒデ!ジャスミン!......
......All Of You ! 」

「ありがとう♬〜〜♪」と....KENZOが吠えている様な?...♬..♪..
「ワァオ〜〜ン!...ウゥ〜〜!..ロックン・ロール!ブルースもいいぜ!」

「ウ〜〜〜!...ワァオ〜〜ン!...ピ〜〜ス〜〜!」
「寂しいよ〜〜〜〜ん!」

..........「KENZO!何処かノンビリ暖かい所にでも行かないか?」........♪

JASMINEさん
12日のコメントでどなたなのか解かったような気がします。
間違っていたらごめんなさい。

KENZOからある日「俺が本気になってる女がいる」と聞き、
その後、去って行った話を聞きました。
「生まれも育ちも違うし、生き方自体違うから、仕方ないんだよ」と
淋しそうに言った顔を今でも覚えています。
おでん「KENZO」にその人が書いた絵が飾ってあった事も覚えています。

数年後、その人のお父様に免許も持っていないのかと言われた事が
忘れられず、今度彼女ができたら、親に馬鹿にされないようにと
何ヶ月もかかって合宿免許で車の免許を取った事。

一時、「こんな俺でも結婚してくれる女はいないかな?
いないだろうな~、最近独り身が身にしみて淋しいんだ」と
普通の独身中年男のような事を言っていましたが、
そのうち「もう、女とかの話はあきらめた、そう思ったらさっぱりした」と
言うようになり、おでんKENZOを独りでやっていく決心をした様子
でした。

KENZOと共に歩くには相当のキャパがないと不可能なことは
自他共に認める事だったと思いますが、
大勢の仲間が憎めない奴だと思っていたことが、KENZO Nightで
よく分かりました。
私にとっても、ハチャメチャな生き方しかしないくせに、淋しがり屋で
本当は優しい心根を持っている事を時々見せてくれるような
バカヤローでした。


あ〜〜〜!言ちゃったね!.....ヒデ.......!

その前に、............................♪
今夜は「AZUMI」のライブ!
今、俺は「涙」グチョグチョでMacの画面もかすんでいる状態で、
やっとこさギーボードにしがみついています。

最初から最後まで、AZUMIはKENZOを追悼する「姿勢」でいた。

ライブが終わってから話していて、AZUMIもカウンターにポタポタ落としていた、
俺もKENZOの死顔を見ても流さなかった「涙」が止まらないままです。

お待たせ、ヒデ。

「運転免許」........これが彼奴の「トラウマ」だった!
.......続きは、ベロベロなんで.....つぎに...

『誰かに甘えなければやってゆけない』のは、ほとんどの男のひとがそうだとおもいます。
そしてみんな(私も)絶対的な味方(理解者)が欲しいのではないでしょうか?


マッハのヒデさんのお話のとおり、私はとても厳格な父に育てられ、そしてその父をとても尊敬しておりました。

KENZOと一緒になるのなら、家族を捨てるくらいの覚悟が必要で、ちょうどその頃父が病気になり、ナーバスになっていた私は、突発的なように彼から離れてゆきましたが、ずっとながいあいだ悩んだ決断でした。

本当にKENZOのことが好きで、おかしな話ですが『KENZOと普通に暮らしたい。』といつも思っていました・・・

『普通に生きたい』と言う私に
『みんなそうなんだよ。みんなそうなりたいんだよ。だけど・・・普通が一番難しいんだよ・・・』と彼は言いました。


あれからいろいろな経験をしていろいろな場面で彼の言葉をおもいだしました。


KENZOもきっと平凡なしあわせを望んでいたのだとおもいます。
だけど彼は、サービス精神が旺盛でみんなのイメージするワルを演じきってしまい、お母さんも亡くなり、事故に遭ってからだも自由にならなくなり、本当にまいってしまったのだとおもいます・・・


KENZOは、どう想っているかは解りませんが、私はあのときお互いに好きなまま離れて、ずっとその気持ちのままでいられてよかったようにも想います。。。

「普通に生きたい」.......そうだね〜〜!
僕は「ジャスミン」が普通ではないKENZOのサポートをして、「普通風」にやっていけたら好いな!と想っていたよ♬

KENZOはどうか知らないけど、僕はもう「普通やしらふ」が何処だったかとっくに、解らなくたっています!

mammyに言われる事は「あんたは!行き当たりばったり!」
KENZO Nightの前日も「切羽詰まらないと、何もしない!」
と怒られました。

人間なんて「離れて」いるからこそ、「美しさ」を思い続ける事ができる一面があると思います。「お互い好きなまま離れて」..........「ウワォ〜ン!......ジャスミ〜ン!」


今夜はAZUMIの新譜「御堂筋」と同時発売の「ブルースのいいなり、ロックの奴隷」をずっと聞いていました、死刑囚の詩「うたえない とり」も収録されていて、John Johnライブ終了後にリクエストして演奏してもらいました。「涙が..................」

知らなかった。

中学の先輩だったKENZO

塾の帰りにJhon Jhon で再会した、ZAPPA髭のKENZO

兄貴にうり三つだな!おとう! …笑ってくれた KENZO

OL`55でさよならなんて…かっこよすぎますぜ!…KENZO
遅ればせながら、家族全員で心より、ありがとうを言うね。

by おとう

「誰だか解りますか?」と僕に尋ねた君の目は変ちゃいなかったよ!
「おとうだろ!」と即答出来ました、細身?にはなっていたけど。

「OL'55のKENZO」.......「Best Friend」だったな?
KEIICHEも見ているかな? おとうとKEIICHEは仲良かったね。

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