2008年2月24日

おみくじ鳥・ヤマガラ

伊勢佐木町「野沢屋」がおみの日、店の前には露天がいろいろ
出るのですが、その中に、「おみくじ鳥」がいました。

さんが来ると、かごけて、にある小さなに向かって、
梯子の様なの上を、ピョンピョンねて、からおみくじ
わえて来ます。すると、おじさんから御褒美をもらえます。

頭の良い鳥「ヤマガラ」といいます。Mama Johnチョウチョ
が大好きで、昔許可を貰って「ヤマガラ」を飼っていました。
縦長5〜60cmの竹の鳥かごで、クチバシるため金属は一切使用しておらず、
上部の横に10cm程の小部屋が付いていました。

常食「麻の実」で、止まり木にとまりながら、器用「麻の実」を動かし、
真横の部分をコツコツ叩いて、中身だけを食べていました。個体によっては、
止まり木「大車輪」をしてんでいたものです。

小部屋下部には2cm角程のがあり、竹の節を利用した凧糸で吊るし
そこへ落花生ミノムシなどの御馳走を入れると、これまた器用に少しずつ、
凧糸手繰って、ゲットするのを見ているのがしかった!

かごの所々には、Mama John凧糸や、ナイロン糸を結んでおり、
「ヤマガラ」は此れをほぐしたりして、んでいましたが、一番面白いのは、
御馳走をその結び目などに「隠す」ことでした。
ちらっとったりしてね!可愛いかったな!

2008年2月21日

イエグモ

現在が住んでいる、古い元長屋に来てから7年経ちますが、
当初から左足の2本目が無い名刺より少し大きい「イエグモ」
んでいて、台所居間で珠に出会っていました。

から「家に居る蜘蛛してはいけない!雲行きがくなる!」
わっていましたし、昆虫きなもので、てくれるだけで
嬉しい限りです。

子供の頃、Mama Johnの実家に泊まると、天井10cm位もある
「イエグモ」が良く徘徊していました、Mama Johnさんが
蜘蛛を見つけると、がるの為に「ハエたたき」撃墜して
くれました。

ある恐怖の瞬間きましたたたき落とされた蜘蛛から、
何百匹もの1mm位の子蜘蛛が、僕達の周り、そこら中にらばったのです
想像するだけでショックでしょ

昨年仕事に行こうとの前のに出ると、7本足我が家蜘蛛
道路いています「オヤ?まずい!蜘蛛からて行ってしまう
とうとう我が家雲行きが?」と思って良くると、「ジバチ」と呼んでいる
「ベッコウバチ」の一種だと思うのですが、6〜7倍ある蜘蛛
きずっていたのです!

ジバチの運んで行く方向には5m以上にしかの場所は有りません。
自転車まれないか心配でしたが、見届ける事をめ、
John Johnへ向かってしまいました。最後7本足に会ったのは、
その2〜3日前風呂場でした、その風呂場から1mれていない場所での
お別れでした。

2008年1月30日

スキー2

ハイカラPapa JohnMama Johnに 歩けない頃から
志賀高原野沢温泉などの スキー場に連れて行ってもらっていました。

覚えているのは、トップヘソ出っ張りがある
ヒッコリーカンダハーと呼ばれるビンディング
ヒモで結ぶ革製のスキー靴安全装置無し革ひも
くくり付けるものでした。

面白かったのは、アザラシの皮で、オモチャ代わりにしていましたが、
リフトなど殆どかった当時、それを板の滑走面に取り付けて
ってはったり、
毛並み利用していたのだとになって判りました。

Papa Johnや友人達は、良く志賀から草津ツアーしてたっけ!

2007年12月31日

根岸の海岸

Mama John八人兄弟次女実家根岸に有り、
 私中学生に成るまで夏休みはそこで過していました。

そこもやはり海岸淵根岸小学校から三渓園まで
 米軍に接収され、小型戦闘機離着陸していました。

中間あたりに漁業者用にに出られるが一本あり、
 堤防が斜めに傾斜して其処だけが飛び込め好きな場所で、
怖かったのは毒針を持ったアカエイぐらいで、
 様々カニなど海洋生物遊んだものです。

根岸湾では海苔アサリ養殖をしており、
 海苔シビ埋めていました。
実家勿論海の近く家庭では海苔魚屋さんで手に入り
 自分たちでヨシズ干し造っていました。

アサリ赤貝沢山採れましたが、
 漁師さんに見つかると、 にぶちまけられました。

そこから潮が引いていれば三渓園海水浴場まで
 海岸伝い歩いていけて、途中に二つの大きな洞窟が在り、
  考えると船舶隠していたか砲台在ったのでしょうね?

今日は大晦日2008年戦争の無い世界であって欲しい!
                               つづく!