2008年4月24日

ウェブ時代をゆく

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「ネットの向こう側」の、さらに先の話

このブログを読んでいる方は
ネットを活用し、比較的、二極化の上部にいると思う。

しかし、ネットを楽しんでいる(または便利に使っている)
だけでは、その先で必ず行き詰まる。

ネットが消費と娯楽の対象になっているのか、
反対に人間が対象とされているのか、わからないが

そこから脱却するための行動学を
早めに自分のモノにしておいて、損はない

グーグルという会社をどう解釈しているかの説明が上手い

無限の情報と、有限の個を繋ぐ
「世界の結び目」を自動生成する会社

この結び目をどう捉えるか、新たな結び目をどう創造するのかによって
チャンスは広がる

幕末から明治維新へ 激動の移り変わりを例に出し
「最初の半分」(いままでに身に付けた常識)と、
「あとの半分」での常識はきっと異なるハズだと

この節目の時代を生きられることの喜びと希少性

将棋の羽生善治氏の概念「学習の高速道路」「その先の大渋滞」
を再構築し、大渋滞の先でサバイヴするには
専門性を極めた「高く険しい道」、
高速道路を降りて、複数の志向性をミックスした「けものみち」を
ゆく楽しさを説く

石黒邦宏というハッカーの言葉
「プロジェクトが成功するかどうかは、
人生をうずめている奴が一人いるかどうか

ウェブ2.0や群衆の叡智、周辺には大きなカネの匂いがしないのではないか
(苫米地英人氏は、現存の通貨を介入させてはならないと言っていた)

だからこそ、悪があえて介入するインセンティブが低く、
それによって、善性が際立つ

「知と情報のゲーム空間」、その場所でアナタは何をするのか?

「強いられた勤勉」をしている者は、
「内からの促しに従う勤勉」をする者に淘汰されてゆく

ラグビー部の監督の言葉に、さらに自己解釈を追加するとこうなる
勤勉の継続は力なり

駆逐されないための、ネット・アスリートたる資質があるか?
「自分にしか生み出せない価値」を持っているか?

梅棹忠夫氏の『知的生産の技術』を題材にし
本を読むという知的な行為も、アウトプットがないならば
知的消費に過ぎず、知的生産ではない。と突き放す

「生きるために水を飲むような読書」をし、
「個人が調べ、読み、考え、発見し、何か新しい情報を創出し、
それを人にわかるカタチで書き、誰かに提出するまでの一連の行為」を行ってこそ

なかでも、創出したものを人にわかるように解説するのが重要だと感じた。

このことを、梅田さんは
「相手に合わせて、わかりやすい形に構造化して
コミュニケーションする能力」と言っている。

自らの情報価値の希少性(独占性)を下げ、
情報そのものをネットに預け、その利子(レスや反響)を得る

「けなす対象は自分にとっての雑音にすぎない。
それに関わり批判したり、粗探ししている時間はもったいない」

さて・・・
広大なネットを前に、どの道をゆこうか?

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