2008年6月14日

「歴史・古典」入門

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今回のプレジデントは、
中国思想家の書物、戦国時代、幕末、
本田宗一郎さんや、松下幸之助さん、
盛田昭夫さん、井深大さん、石坂泰三さんを筆頭に、
少し前の時代を生きた先達や、歴史から学ぶ。

そして、藤沢周平、山本周五郎、池波正太郎、
司馬遼太郎、吉川英治・・・ 時代小説好きにも、
入門者にもヨダレ必至、書評ガイド付き。

文芸評論家の高橋敏夫さんが選んだ
「感情」や「思い」を切り捨てて、前に進んでいるビジネスパーソンへ向けた100冊

織田信長のコトバ

恃む(たのむ)ところある者は、
恃む者のために滅びる

故城山三郎さんが感嘆した、名リーダー達に共通する資質とは?

  1. いつでもあるべき姿を求めていること
  2. つねに生き生きしていること
  3. 卑しくないこと

自宅での鮎の飼育を通して
本田宗一郎さんが得た、刺激の重要性。

人間にも会社にも、洪水は必要なんですよ。
洪水を起こさなけりゃ、ウチみたいな会社はどうにもならなかった。

寺島実郎さんは21世紀を切り開く人材に
必要なセンスを、先人たちの足跡から発掘する。

時間軸を持つ:
歴史のなかに自分を置いてみること。
自分がいま生きている時代は、脈々とした時間の流れのなかで
いかなる位置にあるのか認識することだ。

空間軸を持つ:
広い世界のなかで、自分が生まれ育った国や地域がどんな特色や個性を
持ったところなのか確認する作業である。

歴史上の出来事に自分を置くことも、
逆に、今現在の状況に歴史をあてはめてみることも、
自分の位置を相対化せずには成功しない。

中年の危機
少しはものを考える人なら誰でも、
必ずどこかで「中年の危機」に遭遇する。
「俺はこういう生き方をしていて、いいのだろうか?」
「私はこんなところで骨を埋めていいの?」
と、男女を問わず迷うときがあって当然だ。

ある年齢にさしかかったところで、
組織と自分の生き方との狭間で悩んだり、
自分を取り巻く人間関係が見えきってしまったり、
体力や気力の変化も感じたりで、
まともな人間なら焦燥感や空しさに襲われるのが普通だろう。
それが三十代で訪れる人もいれば、
四十代、五十代のこともある。

その「中年の危機」が、じつは後の大きな業績と結びついていることを、
私は多くの先人たちの足跡をたどるなかで次第に感じだしている。

自分が帰属する組織と、外の社会、両方に身を置いて、
「境界人」になることも薦める。

玄侑宗久公さんの禅の手引きでは、
評価の無意味さは払拭できない事象の話

なぜ慢心し、また嫉妬するのか。
それは、比較しようのないものを無理に比較するからである。

たとえば、「A君はなんて優しいんだろう」と思い、
また「B君は素晴らしく算数ができる」と感じる場合、
禅的にはそれ以上比較しないことが重要である。

A君もB君も、そこにおいて最も生命力の発露を感じるなら、
その状態を禅語では「柳は緑、花は紅」と云う。

ところが人は、柳に花がないことを批判しては慢心し、
また桃に鮮やかな新緑のないことを恥じて柳を嫉妬したりする。

柳と桃の花を、
無理な基準で比較するからおかしくなる
のである。

好き嫌いの感情で選んでしまう。人の性

口を開けば、D君は遅刻が多いから嫌いだ、
というような理屈を我々は述べるが、
じつはなんとなく嫌いという印象が最初にあり、
それを合理的に語れる材料を無意識に我々は探していて、
ほどなく「遅刻」を見つけたに過ぎないのである。

美点を見出す不可欠さと難しさを説く。

脳の忘却力の話題では、またしても
映画『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』、人形使いの台詞が頭をよぎる

「コンピュータの普及が記憶の外部化を可能にした時、
あなたたちはその意味をもっと真剣に考えるべきだった・・・」

玄侑宗久公さんは、このようにとらえている。

何年もまえの恨みごとまで密室に仕舞ったまま保存するから、
すでに変質して悪臭を発している。

そんな頭で「今」を見ることじたいが、どだいナンセンスなのである。

本来、我々の脳には必要な忘却力も具わっているはずだが、それを狂わせる
PCなどの文字情報にも用心する必要がある。

恨み辛みを書き残すのだけは日記でもやめたほうがいい。
そうして明記したことは、いずれ口にも出してしまうし、
それは必ず本人に伝わる。
なぜかは説明できないが、そうなのである。

秋山真之のコトバ

自分が一日さぼれば、
日本が一日遅れる

このくらいブチ上げる規模観と集中力で
勉強できたら最高です。

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