2008年8月12日

プロ棋士の思考術

pro_kishi_no_shikougyutu.jpg 虚仮の一念

誘惑に弱くて、意志が弱いという
囲碁棋士、依田紀基さんが
どん底生活から得た、一心にひとつ。

  • 「実利」=金、財産
  • 「厚み」=人脈、信用

どちらを取るかで、その後の展開が変わってくるのは、囲碁も実生活も同じ。

負け心の共通点

判断ができない人、つまり負けが込む人は、
判断基準を持っていないのではないかと私は思っている。

心の根本のところに、「こういう方向に行く」
「ここで行動する」という定まった基準がないのではないか。

完璧を目指し過ぎない。

野球で十割打者がいないように、
100パーセント勝てる碁打ちなどいない。

それを全部勝とうと欲するから苦しむ。
何も考えずにベストを尽くし、あとは天に任せればいい。

呪縛から解放してあげる。

マイナスになるのは、既成概念化しているからだ。
既成概念がすぐ胸に浮かぶようでは、縛られてしまう恐れがある。

束縛は、新しい手を生み出す障害になる。
ここはこう打つものという決めつけが、
よいイメージを損なってしまうからだ。

決めつけがない
こだわらない
自由である
そういうことが碁では大事だ。

相手は常に、生きて、揺れ動いている。

生身の人間であるから、こうした手で必ず感情は動く。
肝心なことは、そのようにこちらから動いて相手を動かし、
局面を動かすことだと思う。

いま、世の中は理屈っぽくなっていて、
感情の重大さを見逃しがちな気がする。
だが、自分、相手、周囲それぞれの感情が一体となって
大きな作用をもたらすことを忘れてはならない。

感性と共に心中する勇気。

勝ちたいと思いすぎると、のびのびした手が打てなくなるのだが、
そのさらに真因を探ると、
「安全に勝とう」とする心がある。
「この手はいけそうだ」と感性上では成立している、
しかし、ぎりぎりのところでどこか危ない感じがある。

いくか。いくのをとどまるか。

対局中には、そういう葛藤が何度もあるが、そのたびに、
その手を引っ込めていたのだ。
その結果、ずるずると後退してしまう。

冒険をしないのだ。自分を信じていないわけである。

そこで、「安全に勝ちたい気持ちは、かえって危ないな」と
考えを変えた。

それよりは、自分の読み、感性がとらえた手を大切にし、
それと心中するくらいの気持ちで打とうと決心した。

勝負の世界と、一期一会の繋がり。

その手を打つ場面が、自分の生涯における最後の対局だとしたら、
どのように打つだろう。一期一会の気持ちで、
一手を、悔いのないように思い切って打とう。
そう深く思い定めた。

好機とは?

チャンスはツキとかなり似ている。
キャッチしなければ、ただの風景として通り過ぎていく。
「幸運の女神には後ろ髪がない」というが、まさにそれである。

チャンスはどこにも転がっている。
あとはキャッチするだけだ。
必要なのは意識の集中である。

       (~中略~)

可能性のあることはすべてやってみよう。
そう意識を集中させて考えていくと、路傍に転がっている
石さえもチャンスに見えてくるものだ。

       (~中略~)

感受性が閉ざされた人には、何も聞こえないのである。
「チャンスに恵まれなかった」という人の多くは、
「チャンスをキャッチできなかった」
人なのではないだろうか。

少しずつ、自分を。世界を変える。

自分を進めることは
世界を少し進めること

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