2008年8月13日

勝負の格言

shoubu_no_kakugen.jpg 99%の人は
自滅

技術論でも精神論でもない実践論。
麻雀で有名な桜井章一氏が語る、人間の花と根

『人生を変える美しい勝ち方』を改題したもの。
(書籍全般に言えることだけど、
改題はややこしくなるから、してもらいたくないなぁ・・・)

夢、希望、期待を表す言葉に潜む病理

100%期待通りにいくことは絶対にありえないわけで、
必ずどこかで「期待は裏切られる」ものだからです。

そうなると「お前のせいだ」となって、裏切られた気持ちで
文句をつけたり責めたりするわけです。

なにかを期待しても相手は変わります。
変わるのは天気と同じで、自然なことです。
だから、裏切りではなく変化だと思うことです。
流れる雲や太陽や月を見て「裏切ったな」と思う人はいません。

勝負とは

勝負に勝って見返してやるとか、大金をつかんで女にもてたいとか、
そんな枠に収まってしまうほど、勝負の本質はチンケなものではありません。
勝負は、お金という枠に収めて見るものでもなければ、
見栄という枠に収めて見るものでもありません。
いかなる枠にも収まらない無限の変化と広さ
持っているものが、ホンモノの勝負なのです。

相手の姿は嘘

勝負において、相手の情報は必要ない

「見てはいけない」「聞いてはいけない」「言ってはいけない」
これは勝負の鉄則なのです。
見ると間違い、聞くと迷い、言うと集中が切れるからです。

       (~中略~)

実際の勝負というものは、
「相手との相対的に変化する関係の中で行われるもの」
という当たり前の事実をしっかりふまえておかなければいけません。

「旬」をつかめるか、どうか

「旬」とはその瞬間をつかまなければ
2度目はないというものです。
食べものに限らず、人とのつき合いでも仕事でもなんでも「旬」はあります。
過去・現在・未来という時間の流れの中で「今、この瞬間を大切にする」と
いうのが「旬」をつかむいうことです。

この瞬間というのは、いわば現場感覚です。
現場感覚で生きていれば、過去の後悔も
ムダに浮ついた未来の希望もありません。

「守り」ではなく「受け」

「受け」は、相手の攻める力をそいで、次に自分が
攻めやすくする体勢を作るための攻撃なのです。

勝負の姿は、円のカタチ

麻雀という勝負は、東南西北という円の流れを大きく、
かつ細くとらえ、その流れに上手く乗ることが勝ちにつながります。

いい勝負の時ほど、東南西北の流れはきれいな円の形に近づきます。
しかし、弱い人や無理な手、汚い手を使う人の勝負は、動きが不自然で
人工的なため、流れがいびつになって円になりません。
こういう人は自分だけアガればいいと思っているので、
一方通行の麻雀になります。そうではなく、
円がぐるぐる回って自分に帰ってくる
自然の感覚が大事なのです。

ツキがない状況でも円の感覚があれば、大丈夫です。
また回り回ってツキが戻ってくるとわかるので焦ったりすることもなく、
勝負の流れを見失わずに済みます。
麻雀に限らず、どんな勝負でもこの円の感覚を持てるかどうかで差が出ます。

円は真理の形です。人生にはいいことと悪いことがありますが、
悪いことを点にしてとらわれるのではなく、
いいこともたくさんつなげて
ぐるっと円を描くことが大事です。

素の状態で見て、自分のリミッターを外す

人はみんな先入観、思い込み、固定観念というもの持っていて、
その虜になって生きています。
「こんなことはとても出来ることではない」
「自分はこういう人間だから、こんなことをやるのはおかしいんじゃないか」
とか言って、日常のさまざまな場面で
自分の行動を規定してしまっているのです。

私はそうしたものを全部うっちゃって、素の状態でいつも見るようにしています。
今起きていることをまっさらな状態で見ています。
するとこんなことは出来ないだろう?と常識で思えることが、
力を入れないでフッと出来たりするのです。

進化を遡る。

能力とは自然に近づいていって深いところから呼び覚まされるもの、
つまり先祖が自然の中で動物と対等に
生きていた時
に持っていた力だと思うのです。

それは、何かから取ったり作ったりするのでなく、
もともとあるものを取り戻すものなのです。

「答え」に飼い慣らされない。

人間は本来、「答え」のない世界に生きています。
なぜ生きているのか? 宇宙とは何か?
そうしたものに一言でいえる正解などどこにもありません。

でも私たちは「答え」のあるものに慣れてしまって、
なんでも「答え」を見つけないと心が不安
になってしまうのですが、
その「答え」もまた変化するものなのです。

「強さ」ということも、実はコトバで的確に言えるものではありません。
つまり、それは「答え」を持っていないのです。
「強さ」を求めても、「答え」は出てきません。
「答え」がないことが「強さ」であることを、
体で感じるしかないのです。

勝負の品

最近は野球や格闘技といったスポーツを観ていて、
「なんか品がないなあ」という印象を受けることが多くなりました。
戦う前からすでに品がないのです。

なぜそうなるのかというと、戦うもの同士、競争するもの同士が
尊敬し合っていないからだと思います。
戦う相手を憎んだり、恨んだり、蹴落としてざまあ見ろとか、
そんな嫌な感情のなかで戦うから、品がなくなるのです。

とくにプロのスポーツであれば、戦う相手は子どもの頃から
お互い非常な修練を積んで、ようやく巡り合った相手なわけです。
そうしたもの同士が同じ土俵で戦うのは、ある運命に選ばれたということでもある
のです。その縁にまず感謝すべきです。

何を選び、何を捨ててきたのか?

人は、何かを選択し、同時に何かを捨てる
生き物です。良いものを選ぶか捨てるか、悪いものを選ぶか捨てるか、
ズルいものを選ぶか捨てるか、美しいものを選ぶか捨てるか。
何を選び、何を捨てるかで
その人の人生は決まってきます

軸を見抜く。

勝負というのは、軸の取りっこです。
上手い人は自分の軸を相手に外させるし、相手の軸を取って
バランスを崩しにいきます。
軸を取られれば、強い軸の持ち主でも負けてしまいます。

仕事も人生も遊びも、真剣に遊ぶ

信念を持ってただひたすら真面目にこなしているだけであれば、
その仕事はあちこちに角が出来てしまいます。
角があれば違う考えを
持った人ともぶつかる
し、
スムーズないい流れ生まれません。

けれども遊びの感覚ですると、角が削がれて円い形になり、
仕事にいい膨らみが出ます。
仕事でも人生でも、真剣に遊べばいいのです。

遊びの感覚があれば、柔らかくものごとをとらえられます。
柔らかいということは変化していけるということです。
変化できるということは可能性がたくさんあるということです。

小さな流れにも気づく、それは大きな変化へのサイン

サーフィンは、波の動き、潮の流れ、風の流れといったものを
いかに巧みにとらえるかが勝負です。
サーファーは、無数の水と風の流れの中からサーフボードが強く前へ
進むポイントを瞬間に見つけ出します。

魚や鳥はこうしたことを本能でやります。
気流や潮の流れを巧みに体でとらえ、一体となり、人間には想像もつかない
距離を泳いだり、飛んだりします。

人も普段さまざまな流れを読んだり、流れに乗ったりしています。
人間関係の流れ、仕事の流れ、生活の流れ・・・・・・、
さまざまな流れの中に人は生きています。
そこでは当然、いい流れを作り出したり、いい流れを見つけて乗ったり
することがとても重要なわけです。

シンプルにする。

どれだけ速く、強く相手を攻撃出来るか。
その条件はシンプルであることです。
コトバでも何かを伝える時、長く喋るより、簡潔なほうが相手に届きます。

       (~中略~)

相手に伝わるのが遅いのは、考え過ぎてものごとを複雑にしているからです。
遅ければいろいろなものが
相手に届く手前で落っこちてしまいます。

均衡を保つ。

バランス感覚を持つには、全体をとらえる「全体観」、相手との「相互感」、
流れの変化をとらえていく「時の感覚」の3つが必要です。

視野が一部分にとらわれ過ぎると、全体が見えなくなってしまいます。
現代人は一部分にとらわれて生きている人が少なくありません。
仕事にばかりとらわれると家庭が疎かになるし、趣味にはまり過ぎると
生活が疎かになります。
このように、一部分に向かい過ぎると他人が目に入らなくなり、
自己中心的な考え方をする人間になっていきます。

日頃から一部分にばかり目が行く人は、勝負においても全体がつかめません。
勝負の流れの中では、一部分を見ながらも「全体観」を持つことが大事です。

「相互感」は相手の変化だけをとらえるのではダメです。
相手の変化だけにとらわれると自分は変わっていないような気になりますが、
自分も変わっているのです。
相手と自分との関係は、相手と自分の両方の変化の上に成り立つものです。
「相互感」とは、そうした感覚で変化をとらえていくことです。

「時の感覚」は流れを見極める感覚です。
慎重すぎても大胆過ぎても
チャンスのタイミングを逃します。
余計な思考を入れず、素直に流れを感じていくことが大切なのです。

奇襲や不意打ちにも備えられる、困難な道とは?

困難できびしくリスクのある道を局面、局面で選んでいけば、
いろいろなことに気づいたり、工夫したりしなければならず、
それによって強いほうを選ぶことになるからです。
反対に楽なほうを選べば、それは弱いほうを選ぶことになります。

       (~中略~)

困難な道は、リスクやトラブルがある道です。
つまり、困難なほう、きびしいほうを選ぶのは、リスクやトラブルに慣れ、
それに対して免疫を作るということです。

「後で」や「また今度」、「いつか」は無い。
合い言葉はNow!

仕事でも日常のさまざまな雑事でもさっさと「片付ける」感覚が大事です。
この「片付ける」感覚とは、「済ませる」「間に合う」といった感覚にでもあります。

瞬間、瞬間に気づき、動き、済ませる。
それが「間に合う」です。済ますことが出来れば、余計なものがない
「澄んだ状態」になります。「澄んだ状態」になれば五感も澄み、
より気づくことが出来ます。
それによってまた「間に合う」動きになるといういい循環が生まれます。

ダメだなと思う人を見ていてよくわかるのは、いつも「これからやります」と
いう姿勢になっていることです。
そんな人は例外なくその時になってもやらなかったり、
たとえやったとしてもタイミングが合っていません。

逆に出来る人というのは、今出来る人です。
今この瞬間に「片付ける」「間に合う」ことの出来る人なのです。

調子が下がっていても、悪いと思わない。

どんな人にも調子があります。カラダの調子、気分の調子、仕事の調子など、
調子がいつも一定するということはありません。
スポーツ選手であれば、試合や競技において好不調は如実に現れます。

怠けたり、やり方を間違えれば調子が上がらなくても当たり前ですが、
するべきことをちゃんとしていれば、ちょっとした調子の波はさほど
気にすることはありません。

それは、波が押したり引いたりするのと同じです。
波が引いている状態をダメな状態とは
だれも言いません

調子は波が引いたり戻ったりする水辺の感覚でとらえればいいのです。
寄せる波に強さがあれば、引く波にも強さがあります。

一体感を得る。

闘っている相手との一体感、攻めと受けの一体感、
勝負という見えないものとの一体感があると、研ぎ澄まされた勝負が
立ち上がってきます。その時、一体感の強いほうが勝ちに導かれます。

また勝負の土俵に表れないものとの一体感も大事です。
背後にいて支えてくれているコーチや仲間、家族との一体感、
プロ選手であればファンとの一体感もそうです。

そこには応援してくれる仲間や家族、ファンのために闘うという
「誰かのため」というより、そうした人たちとの一体感があることが
大事なのです。「誰かのため」と思うのはよくありませんが、
そういいながらも一体感がそこに生まれれば、闘っていく大きな力になります。

集中の範囲

円に広げる集中。つまり
集中とは「拡散」なのです。
拡散していけば、一つのことにとらわれずに、
一度にいろいろなことが出来ます。

慌てないために、基準を下げておく。

「不調」を、実力の基準にする

       (~中略~)

人間は調子のいい時だけ都合よく勝負するわけにはいきません。
調子が良かろうと悪かろうと、いつだって仕事の勝負があったり、
生活の勝負があったりします。

人生の勝負は容赦ないもので、人の好不調などまったく配慮してくれません。
不調であっても本番に引っ張り出されるのが人生です。

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