16歳の教科書
自分の外にある理由に
目をくれるなっ!
勉強の正体とは?
「なんで勉強するの?」
「何の役に立つの?」
って疑問をぶつけられても大丈夫。
受験に対するメリットにも、様々な見解がある。
受験真っ最中、または受験を前に悩んでいる子に知ってもらいたい。
【1時限目】 国語 金田一秀穂 先生
「言語能力」=「表現と理解」
「コミュニケーション能力」=「伝える」「関係性の能力」
と位置づける。さらに足りないモノがあるみたいだ。
P.19
世間でいわれる国語力というのは、この言語能力と
コミュニケーション能力がブレンドされ、
しかも大切な「なにか」が欠落したものなんですね。
言語能力を磨くために、真逆のコトをやってきたのかもしれない。
必要なのは誰もが共感、想像できる描写力。
P.25
とにかく情緒を切り捨てること。
事実と論理だけで文章を組み立てていくこと。国語力を鍛えるトレーニング方法として、
僕はよく「絵を言葉で書いてごらん」と言っています。(~中略~)
とにかく、目に見えるものを言葉に変換していくのです。
ここで、ひとつ注意すべきルールがあります。
それは、「自分の意見をいっさい入れない」
ということ。たとえば花を描写するときにも、「美しいピンクに染まって」とか
「はかない紫色の花が」なんて主観的な表現は入れない。
上記をさらに発展させてみる。正確さを判定する方法。
P.28
絵を言葉で書くことに慣れてきたら、
今度はその文章を友達に読んでもらいましょう。
そして、自分がやったのとは逆に、その文章を絵に書き起こしてもらう。
絵を言葉に変換して、その言葉を絵に変換するわけですね。ここまでやって、友達がそれなりに忠実な絵を描いてくれるようなら、
あなたの文章はかなりの正確性を持っていると判断することができます。
自分の気持ちを書くことだけじゃない、文章表現の広がりと限界。
P.30
自分の気持ちというのは、「嬉しい、悲しい、楽しい、ムカツク、寂しい、
ウザイ」くらいの言葉で、なんとなく表現できたような気分になりがちです。でも、ほんとうは自分が考えていることを正確に
言葉にできていないのかもしれません。
いや、きっとできていないはずです。しかし、我々は、自分が言葉にできていないということにさえ、
気づいていない可能性があります。
ほんとうはちっとも言葉にできていないのに、
できたつもりになっているだけかもしれない。
クセ? 個性? 自分だけの文体が生まれる瞬間。
P.34
大切なのは「情緒より論理」という原則なのです。
それがなければ、文体も生まれません。
会話よりも文字を選ぶ日本語。 何故か? 日本人はシャイだから。
P.38
これは日本語というよりも日本人の特徴かもしれませんが、
日本人は文字言語が大好きなんです。
一般には文字言語よりも音声言語を重視する国(言語)のほうが多いんですが、
日本人は明らかに文字言語を重視します。たとえば、旅先で道に迷ったとき、外国人だと通りすがりの人に道を尋ねる
んですね。僕自身、いろんな国でいろんな人に道を尋ねられました。
ところが、日本人は、道に迷ったらまず地図を見る。
つまり、知らない人と話すのが苦手なんです。
これはできるだけ音声言語(会話)よりも文字言語(文字)を使いたがる、
という特徴につながります。携帯電話のメールがこれだけ流行しているのも、
こんなところに理由があるのかもしれません。
自分で表現をひねり出す楽しみ。
P.40
言葉とは覚えるものではなく、考えるもの
金田一秀穂さんが、どうして言語学の世界に足を踏み入れたのか。
表現するということの、捉え方のひとつとして。
P.42
「考えていることを、できるだけ正確に言葉という形に変換して外に出す」、
それが自分の仕事なんだ、自分は変換機なんだ、と思ったんです。
【2時限目】 数学(計算問題) 鍵本聡 先生
数学が難しいといわれる由縁。
P.46
「理解する」ということと、「答案にする」ということは、
まったく別の作業なんですね。だから、わかったはずなのに点がとれない。
わかったと思っていながら、
本当はなにもわかっていない。
数学は社会へ出てから役に立つのか?
P.50
数学で学ぶのは「知識」じゃないんです。
もっと根っこのところにある「数学的思考」、
つまり、ものの考え方や論理の進め方などを学ぶのが、
数学という学問なんですね。だから僕はいつも、数学力とは「真実を見抜く力」だと言っています。
たとえば、大人になってインチキ臭い儲け話を持ちかけられたとする。
ネズミ講とか、マルチ商法みたいな話、あるいは「絶対に値上がりする株が
あるよ」といった投資話ですね。
ここで数学力の弱い人は、すぐに「それは素晴らしい!」と乗ってしまいます。しかし、数学力のある人なら、
「結局、ここで最終的に儲かるのは誰なのか?」
「自分の支払うお金はどこへ流れ、自分にどれだけ返ってくるのか?」
「その保証はどこにあるのか?」
「この営業マンの語っているロジック(論理)に、おかしな点はないか?」
などを冷静に判断することができます。つまり、世にあふれるインチキを見破り、
そのウラにある真実を突きとめることができるんですよ。
怪しい儲け話、インチキ宗教、詐欺、それから犯罪。
これらに捲き込まれないためには、数学力って絶対に必要な力であり、
自分の身を守る術なんです。
パターンを暗記した裏技で数学の問題を解いてゆき、
見抜く力と、投げ出さない力で突破する。
P.65
「わからない」と投げ出すのではなく、
とりあえずバットを振ってファウルにしておく。
それだけでも、テスト全体は全然違ってきますよ。
今となっては懐かしい、受験についての考察。
P.71
思春期のころ、特に高校や大学の受験勉強に打ち込んでいるころ、
みんなの頭の中には「自分の世界」が広がっています。
それは頭でっかちで、独りよがりで、ちょっと生意気で、
世間知らずな「自分の世界」です。そして受験とは、それまで大事に温めてきた「自分の世界」が、
初めて「社会」と触れ合う瞬間なのです。
もっとわかりやすくいえば、あなた自身が初めて社会から「承認」される、
とてつもなく感動的な瞬間。それが受験なんですよ。
鍵本聡さんが本を読む時に意識している、読書の面白さが広がる視点。
P.72
「この作者に会ったらどんな話をしよう?」
と考えるんですよ。
【3時限目】 数学(図形問題) 高濱正伸 先生
数学を支える影の力。後者はビジネスシーンでも必須かもしれない。
P.77
僕はいつも、数学には「見える力」と「詰める力」がある、と言っています。
数学力と呼ばれるものの正体はこのふたつだ、と。まず「見える力」とは、まさに図形の補助線が浮かぶような能力のことです。
具体的には、次の4つに分けられます。
- 図形センス・・・
なにもないところに補助線が浮かぶようなセンス- 空間把握力・・・
立体の見取り図、断面図、投影図、展開図がイメージできる能力- 試行錯誤力・・・
じっと固まらず、手を動かして試行錯誤できる能力- 発見力・・・
既成の枠にとらわれず、大胆な発想ができる能力一方の「詰める力」とは、ひと言でいえば論理的な思考能力と、
最後までやり遂げる意志や気迫のことです。こちらも、次の4つに分けられます。
- 論理力・・・
論理的整合性に敏感で、ひとつも破綻のない考え方ができる能力- 要約力・・・
「要するになにを問われているのか」を理解し、的確に答えられる能力- 精読力・・・
一字一句、読み落とさない集中力- 意志力・・・
自力でやり遂げたいという強い気持ち
意味のある勉強とは、復習システムをいかに構築できるかどうか。
P.85
勉強のポイントは
「できなかったことを、できるようにする」
ことなんです。(~中略~)
勉強は自分のペースでいい。とにかく「できなかったこと」を徹底してやる。
できるようになるまでやりつくす。足は遅そうに見えるかもしれないけど、
これがいちばん確実な近道なんです。
問題をやりっ放しにしない、復習ノート。
仕事でも活かせる、教訓を導き出すノートを自分で創る。
P.86
- 問題・・・できなかった問題はどんな問題か
- 解答・・・正しい解答はどんなものか
- できなかった理由・・・なぜ自分はこの問題ができなかったのか
- この問題のポイント・・・この問題のポイントはどこか。今後の教訓はなにか
数学嫌いが発生する理由。
P.92
親御さんや学校教育システム、それから受験制度などがピュアな好奇心を否定して、
数学を嫌いにさせてしまうんですね。その意味でいうと、嫌いになったのではなく、
嫌いにさせられてしまった、というのが正しい認識だと思います。そして、嫌いにさせられる最大の原因は、言葉です。たとえば、
「どうしてこんなこともわからないの」
「ほかのみんなはできてるんだぞ」
という小さな言葉。
べつに、いますぐわからなくてもいいし、何度間違えたっていい。
大切なのは好奇心を持って楽しみながら何度も取り組むことなのに、
大人たちはすぐにこんな言葉を投げかけてしまいます。そうすると、好奇心だって失せるし、
心の扉をパタンッと閉めてしまう。
また怒られるんじゃないかと臆病になって、数学を遠ざけるようになる。
鍵は好奇心。
P.92
これは引きこもりとか不登校の研究でも同じなんですけど、
心の問題を解決しようとするとき、最終的に行き着くのは
「もともとあったはずの
ピュアな好奇心を取り戻す」ということなんですね。
もともとあったはずなのだから、不可能ではないはずです。
現実の厳しさを知るということ。
P.98
いまの社会、あるいは現在の教育現場で、いちばん足りないのは
「世の中って甘くないんだぞ」
という強いメッセージだと思うんです。少しでもトラブルがあれば、ものすごく過保護な対応をとってしまう。
これは親も教師もそうです。でも、大人になって会社に入れば、イジメもあれば、ノルマもある。
ノルマが達成できなければペナルティだって待っているし、リストラさえある。
人間関係にしても、社会に出た途端、自分の親くらいの年齢の人たちとも
付き合っていかないといけない。だから、ほんとうの教育というのは、そういう厳しい社会に出ても
食っていけるだけの人間を育てることだと思うんですよ。(~中略~)
大学入試っていうのは、初めて「世の中は厳しい」
という現実に直面する大チャンスだと思うんです。
たった1点差で、居場所さえ奪われてしまう。
オマケもお情けも通用しない、真の実力主義が貫かれた世界ですからね。
受験とは、みなさんを「一人前の大人」にしてくれる大きなチャンスなのです。
大学って、いったい何をする場所?
P.100
大学って先生がなにを教えてくれるとかいうより、
「自分」をつくりあげる最終段階の場所
じゃないかと思うんですよ。
【4時限目】 英語 大西泰斗 先生
機械的に覚えさせられがちな英語。
自分の気持ちと感覚で感じると視点が変わるようです。
P.110
英語文には無限のバリエーションがあるわけではありません。
目もくらむような多くのパターンがあるわけでもありません。ごくごく少数の、強固なパターンがあって、ネイティブはそこに表現を
無意識のうちに当てはめながら文を作っているのです。
まずはベーシックなパターンを体に取り込む。
その感覚をキッチリつかむ。それが使える英語への、
すぐできるもっとも簡単な第一歩なんですよ。
あくまで表現するためのツールにすぎない。
P.122
言葉はね、表現できてナンボなんだよ。
僕たちは、ネイティブの言うことを聞いて「はい、そうですか」
とうなずくために英語を勉強しているんじゃない。
小説や映画を見て「ああ、楽しかった」と感心するためだけに
英語を勉強しているわけでもない。英語を使って表現するため、仕事するため、友達をつくるため、
上手に人を動かして自分を達成するために、多大な労力を払って
英語を勉強しているんだよ。
発信する力があってこそ、力。
中高生に伝えたいメッセージ。
P.125
最後にもうひと言だけ。どうしても言いたいことがあるんだ。それは、
「違和感にこだわれ」ということです。
いま現在、みなさんが確固とした将来の夢・希望をもっているならいい。
それは幸せなこと。だけど世の中、そんなに恵まれた人ばかりじゃない。
多くの人は、自分はどこに進んでいったらいいのか、
将来なにをしたらいいのか、わからないんじゃないかな。そんでもって、周りの大人たちに「自分に向いた職業をめざせ」とか
「好きなことを見つけろ」とか、ものすごいことを言われて、
悩んでいたりもするんじゃないかな。難しいよね、そんなこと。そもそも、あらゆる問いのなかで、「自分ってどういう人間なんだろう」
「なにをするのに向いているんだろう」ということほど、
難しい問いはありません。机に座って考えたってわからない。
最近は「自分探し」が流行だけど、旅行に行ったり習い事を始めるくらいで
「ほんとうの自分」がわかるなら誰も苦労はしないよね。
その程度でわかる自分なら、
いらないさ、そんなもん。
「自分」は最大のミステリー。解くことはできない。だけどね、手がかりを得ることはできるんだよ。それも日常のなかで。
それが「違和感にこだわれ」ということなんだ。
世界はいろいろな意味で
完成されてはいません。
誰も異を唱えたことのない不合理がたくさんある。
至るところに「穴」が空いているんだよ。
もしみなさんが「あれ? なんでこんなことが見過ごされているんだろう」
って思ったとしたら、チャンス到来。その違和感を握りしめてほしいんだ。
誰もが見過ごしている大きな穴ぼこ、
そこに違和感を感じる「感度」自体が、
みなさんの個性だからです。(~中略~)
自分の心に宿った小さな違和感、小さな不本意、小さな不自然。
それを放置しないことだよ。虫眼鏡で拡大して見極めるんだ。その問題意識の中にこそ、大切な大切な
「ほんとうの」自分が住んでいるんだからね。
僕もそうやって、いまの仕事に辿り着いた。ちなみに、僕の違和感は「なぜこれほどの時間・労力をかけても
英語はものにならないのか」です。
それだけを朝から晩までもう10年以上考え続けています。
ふと芽生えた違和感はね、ときとして
人の一生を左右するほど大切なものなんだよ。がんばれ。
【5時限目】 理科(物理) 竹内薫 先生
『99.9%は仮説』の著者が語る
「型」を持って、次に崩す「型破り」に進む極意
「仮説力」を総動員して世界を突破してゆこう。
【6時限目】 社会 藤原和博 先生
昔と今は、求められているコトが違う。
その現象に早く気づく。
P.165
戦後の経済復興から高度成長期までの間は、
工業を中心とした産業化の時代でした。
いわば「成長社会」という段階です。この時代の教育現場では、「早く」「ちゃんと」「いい子に」
という3つがいちばん大事な価値観だったんだよね。早くしなさい、ちゃんとしなさい、いい子にしなさい。
これは親も教師も、地域社会の人たちも口にしていた言葉です。
だって、産業界ではそういう人間が求められていたわけだからね。そして産業界には「もっとたくさん」「もっと安く」「もっと標準的に」
といった万人にとっての「正解」があった。でも、21世紀の日本は十分に成長しきった「成熟社会」です。
そこでは「これをやっておけば大丈夫」という、
誰もが認める正解なんかありません。
だって、個人の価値観がバラバラになったんだからね。
IT長者をめざしてガンガンに働く人もいれば、
のんびり気ままにフリーター生活を送る人もいる。娯楽ひとつとっても、プロ野球にJリーグ、それからメジャーリーグやNBA、
欧州サッカーまで自宅で観戦できる。紅白歌合戦の裏では格闘技が中継される。こうやって価値観が多様化してくると、たったひとつの正解はなくなってくる。
これは社会全体がそうだし、企業の中でもそう。家族の中でさえもそうなんです。
普段、意識せずに使い分けている能力を知る。
P.168
正解がひとつしかない問題を前にしたときに必要とされるのは
「情報を上手に処理する力」、つまり「情報処理力」です。
これはジグソーパズルを組み合わせていくような能力のことで、
パターンさえ覚えていまえばパパパッとできるようになる。じゃあ、正解がひとつではない問題を前にしたときに、
いったいどんな力が必要とされると思う?まず、自分の知識、技術、経験を総動員して、それらを組み合わせ、
自分なりの答えを導いていく力が必要になってくる。
ここで導き出すのは、すべての人にとっての「正解」ではなく、
あくまでも自分なりの「納得解」。
この力のことを僕は「情報を編集する力」、つまり
「情報編集力」と呼んでいます。
正解主義の情報処理力とは、決められたパターンを決められた場所に
埋めていく、ジグソーパズルのような能力のことだったよね。これに対して、情報編集力はレゴブロックで遊ぶときの能力なんだ。
つまり、自分の手で組み合わせ、自分でなんらかの形をつくりあげていく
ような能力のことだとイメージしてください。
自分独りで勝負するのはダメ?
海外の試験で、他人の力を借りても、ネットを使ってもOKな試験があったよね。
コミュニケーション能力がないと、問題を解くのが難しそうだった。
P.172
学校って正解主義で9割は正解を教えられるよね。
しかも「カンニングするな」と言われる。すると、みんな
ひとりっきりで正解を出さなきゃいけない
と信じることになる。
でもね、実際に社会に出たときに、
ひとりっきりで正解を出すなんてことはムリなんだ。それでみんな、
社会に出てから戸惑ってしまうんだよ。
中高生には、いや、大人の人にも
「あなたの実力の半分は他人の力で成り立っているんだよ」
ということをわかってもらいたい。ひとりで解決することの問題点をもうひとつ挙げてみよう。
中学や高校の時期には、ほとんどの人に
アイデンティティの危機が訪れるんです。
小学校のころはみんな仲良くて、いつも一緒に遊んでいた。
どこまでもみんな一緒に行けると信じてね。
ところが中学に入るころには、友達の成績優秀な誰かが、
私立の中学に行くことになる。
公立中に進んでも、高校受験では、みんなバラバラの高校に進むことになる。
そこでアイデンティティの危機が訪れる。ものすごい不安に襲われる。
"ごっこ遊び"が意外と重要だって?
P.176
他人との"関係性"の中で役割を演じながら学ぶ
というのはすごく大事なことで、「ナナメの関係」が
豊かかどうかということにも関わってくるんだよ。人間は「親/子」や「教師/生徒」といったタテの関係だけで学ぶかといったら、
そうじゃない。友達どうしのヨコの関係だけでもない。タテでもヨコでもない、ナナメの関係というのが、とても大切なんだ。
身近に悩める若人がいたら、率先して"ナナメの関係"になってあげよう!
重要な「集中力」はいつ手に入れるのか。
子どもは慌てて、大人は焦れ。
P.178
「大人になってから集中力を鍛えました」
という人に、僕は会ったことないんですよ。会社に入ってから、これこれこういうトレーニングを積んで集中力を高めました、
という人には会ったことがない。まず、どんな人でも、ある分野で成功していたり、ユニークな仕事をしている
人というのは、百パーセント集中力がある。
これはもう話していればわかる。
そして彼らの集中力というのは、
絶対に小中高のうちに身につけている。
この期間で身につけなければ、一生身につかないんじゃないかとさえ思う。受験勉強というのは、集中力を身につける、またとない機会なんだ。
生きるために大事な「バランス感覚」
P.180
体を使った経験が圧倒的に不足しているんですね。
これって、単に平衡感覚の話をしてるんじゃないんだよ。たとえば、子どものころってアリを踏んづけたり、バッタの頭を引きちぎったり、
そういう残酷なことをよくやるよね。
最近の大人たちはそういうことを
禁止する傾向が強いかもしれない。でも、僕は昆虫たちの尊い犠牲のうえで、
子どもたちは「命」の勉強をしているんだとも思っている。
たとえば、バッタの頭を引きちぎる。ちょっとだけ気持ち悪い。
それで、もう少し大きなバッタの頭を引きちぎる。
もっと気持ち悪いし、罪悪感も出てくる。そういう経験を重ねていくと
「これ以上はできない」という一線を自分の中に引くんですよ。
そういう一線ができれば、
絶対に猫なんかにはいかない。
昆虫たちで学んだ「気持ち悪さ」の経験のないヤツが、いきなり猫にいったり、
あるいはもっと極端に走ったりするんだ。もちろん、こうした自然との関係性が欠けてくると、対人的な関係性にも
大きな影響が出る。ちょっと仲良くすると妙にベタベタしてくるとか、
少し冷たくすると、もう絶縁状態のようになるとか、
間とか距離感みたいなものがなくなって、
ベタベタしてるか、離れているかだけの
人間関係になってしまう。きっと、ストーカーなんかの問題も、
そこに原因があるんじゃないかな。
"夢を持たなきゃ症候群"の危険性。
P.182
人間って、技術と経験を積んでいけば、階段を上るようにして
自分の視点が高くなっていくでしょう。
そして、見える世界が変わってくる。
夢だの目標だのは、
そこから先に考えても、全然大丈夫なんだ。じゃあ、夢も目標も見えないのに、なんのために勉強しているのか?
なんのために働いていくのか?
そして、なんのために生きているのか?僕は「クレジットを高めるため」という言い方をしています。
クレジットというのは、
他人からもらえる信頼や共感、信任の総量のこと。
もし、クレジットという言葉がわかりにくければ、
ロールプレイングゲームの「経験値」みたいなものだと考えてもらっていい。(~中略~)
クレジットが高まると、
他人からアクセスされるようになるし、
アクセスできるようにもなる。
そうすると他人の力を使えるようになって、
より的確な納得解が得られるようになるんだ。
そうやってクレジットを高めることを先にやってから、
夢を抱くほうがずっといい。
中高生だけじゃなく、立派な年齢になった大人にもいえる忠告。
いい年して、テレビ、ゲーム、ネット、マンガに遊ばれない。
P.185
だって、テレビってものすごく面白いでしょ。ケータイだって必需品だ。
でも、それほど面白いものを
「自分の意志で制限する」
ということができれば、その後の人生でのライフマネジメントに
大きな影響を及ぼすに違いない。
人生をマネジメントする力になる。面白いバラエティ番組をやっているときでもダラダラ見てないで、
スイッチを切るという勇気や潔さが、社会に出たときの
決断力として利いてくる。
ケータイにしても、ダラダラ待ち合わせしないで
「土曜日の1時に渋谷ハチ公前」って決断する。
それで、当日はなにがあっても1時前に駆けつける。これは、社会に出てからなにより大事なタイムマネジメント能力になる。
時間管理や自己管理能力につながっていくんだな、これが。
絶対、中高生のうちに鍛えたほうがいいよ。
【課外授業】 心理 石井裕之 先生
「自分という他者」と対話し、いい関係を創る。
自己暗示の誇大性に騙されない。
P.195
「大丈夫だ」とか「受かるんだ」とか言ってる時点で、
潜在意識的には「大丈夫じゃない」
という暗示がかかってしまうことになります。だから、受験に対するアプローチも「どうやったら受かるか?」
ではないんです。「受かるのが当たり前」
というスタンスでいるから、受かる。
ニセ占い師や、エセ・セラピスト、胡散臭い宗教家の
外見は自分自身を騙すため。
P.197
人間の心って「外側(周囲の環境)」と「内側(潜在意識)」の
バランスをとろうとする習性があるんですよ。典型的な例を挙げれば、部屋が散らかっている人は、
心も汚れていたり、未整理な問題がいっぱい残っている。
嫉妬に振り回されない利点。
P.201
潜在意識的には、誰かに嫉妬してる時点で
「自分はその人に劣っている」という暗示になります。(~中略~)
嫉妬心や怒りが行き過ぎないよう客観的にバランスを取る。
これが唯一のコントロール術なんですね。
理想的なのは、次のような流れです。「いま嫉妬心を感じたな」
「ということは、まだまだ自信が足りないのかな」
「とはいえ、焦りは禁物だ」
「よし、じゃあ自分にできる範囲の勉強をしよう」嫉妬でも怒りでも、メカニズムがわかっていれば、
それが起こったときにも冷静に対処できます。嫉妬してもいい。怒ってもいい。自分も高い目標に向かって
頑張っているんだから、それを感じるのは当たり前なんだ。
だけど、その感情はプラスにはならない。
問題はバランスなんだ、と。
その小さな自信は、ダイヤの原石。
P.207
自信がない人はどんな小さなことでもいいから
「これなら負けない」
というものをひとつ見つけることです。(~中略~)
逆に、自分の欠点とか「できないこと」を見ていくクセがつくと、
自分はできないという暗示がかかって、ほんとうに
できない人になってしまいます。
得意分野なんて、ないよ~ という場合はこうする。
P.208
自分の得意分野、「これなら負けない」というものをつくっていくコツは、
「部分から攻める」ことです。(~中略~)
人間の思考や行動には、「部分は全体を包括し、全体は部分を構成する」
という特徴があるんです。わかりやすくいえば、
「部分は全体であり、全体は部分である」ということ。全体の中からどこか一ヶ所を取り出すと、そこにすべての情報が入っている。
つまり、どんなに狭い範囲でも、一点に集中してびっしり勉強すれば、
そこに勉強というものの全体像が入っているんです。
潜在意識は否定形を理解できない?
自分だけじゃなく、相手に声をかけるときも気をつける。
P.211
否定形の言葉を使うクセがあったら、
すぐにでもあらためるべきです。
これらはすべて肯定形に変えられます。
「準備ができていない」は「さっそく準備しよう」。
「あと一年しかない」は「まだ一年もある」。そうやって「あるもの」を見つけるほど、潜在意識は動きやすくなります。
逆に「ないもの」に目を向けると、潜在意識はまったく動いてくれません。
だって「~がない」というのは、あくまでも概念的なものであって、
実体を伴わない言葉ですからね。
自信と過信に境界線なんてない!
状況によってどちらかに軸足を置くバランス感覚。
そして・・・ 何度でも挑戦できる気概。
P.214
じゃあ、自信、自信って、根拠のない自信でもいいのでしょうか?
これはもう、はっきり断言しておきます。いいです。
根拠などなくていいんです。
むしろ、根拠がないからこそ、自信なのです。根拠というのは「過去」のことです。
過去の実績に対して自信があるのは、当たり前の話。
ただの事実にすぎません。それに、なにかしらの根拠を求めているということは
「不安要素を排除しようとしている」不安のあらわれです。
これでは、本物の自信ではありません。そして根拠がないからこそ、
何度失敗してもいいんです。
失敗によって自信を失う必要はありません。
優しい口調で語りかけ、こちらに考える余地を残してくれている。
そんな授業を受けているようでした。
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