2009年1月10日

智慧の実を食べよう。

智慧の実を食べよう タメになるコトは
必要か?

他人から、まったく期待されていない
時期があるとして。その時に頑張れるのは、
人から必要とされた瞬間の嬉しさを
知っているからだろうか。

祖父母と孫の関係 詫摩武俊さん

自分自身の評価や、他者への評価を正直にする。
本音に遠慮はいるのか、いらないのか。

素直に評価しないと相手をバカにすることになるが、
そう考えると日本人は世界で一番腹黒いようだ。
(そんな内容の本が出てるみたいだけど著者と書籍名を失念・・・)

とがめられない社会の到来 吉本隆明さん

P.67
だれか文句を言うやつがいたって、
「そんなのはおまえなんかが言う 筋合いじゃねえ
おまえなんかがおれにそういう批判的なことをいうだけの
器じゃねえだろう

とでも言っておけばそれで済んじゃいます。

強さの先 藤田元司さん

何かをやり抜いた時の強さと、その先で得る優しさ。

P.96
相手があるっていうのは、
自分の思うようにはいかないんですから、
非常に怖いですね。

周到に用意万端整えて、油断なく進めて、
油断なく終わらなきゃいけないんですね。

ふと、自分を抜け出して俯瞰する。

P.105
藤田:
開き直りができるということは大事ですし、
開き直ってばかりでもいけませんし。

ですから、必ずその立場を一回出て、
藤田という人間をちょっと抜け出して見てみる
ということができるようにならないといけないと思うんですね。

あいつ、今何やっているのかな
という感覚で。

糸井:
俺、何やってるのかな
っていう自分をもう一つつくるわけですか。

今、持てるありったけをぶつけているだろか。
なんらかの理由をつけて、誤魔化していないか。

P.124
藤田:
みんな結果を恐れるんですね。
結果を恐れていると
いい結果は得られない
んです。

やっぱりいい結果を生み出したいときには、
本当に自分のありったけを、欲も得も、失敗も成功もなしに
ぶつかっていくというようなことをやってみないと、
道は開けないし、それが気の強さにつながってくると思うんですよね。

自分のありったけをぶつけるんだと。
自分の持っているありったけを、そこの場に集中してぶつけてみる。

死線を越えて 小野田寛郎さん

辿り着いた場所で生きる
人間同士が一緒にやり取りするということについて
戦争をくぐり抜けてきた小野田さんが語る。

注目を得るためにマスコミが騒いでいるが、
不況のせいにするのはお門違い。

P.169
遊んでいるような小鳥でさえも 生きるためには苦労する

意味より先に存在がある 谷川俊太郎さん

言葉によって、できること、できないことがあって、
どうにか言葉によって物事を上手く進めようとしているんだけど、
絵だったり、彫刻だったり、写真だったり、音楽だったり、
何かを表現しようとしている人も、そうではない人も、
まどみちおさんの思考に触れるのも良さそうだ。

P.184
言葉によって命令されたり
ねじ曲げられたりはしょられたり
あいまいにされたりする以前の世界が
そのまま純粋に視覚的な構築を得たものが抽象画

毎日のようにブログに書き綴ってきてみて、
言葉によって自分自身を騙さないように、気を付けなきゃな、と。

子どもの時、万事に感じていた"世界の手触り"

P.201
意味というものは、手ざわりとか、そういうものを
あんまり教えないわけです。

             (~中略~)

最後に死んでしまって一体何だったんだ
なんて思っちゃうような人間の人生の手ざわりというものを
知っていると、やはりもっと新しいものが開けてくるんじゃないかと。

年を重ねるための方向性と各自のスタイルについて予習。
死を向かえるために、詩から感じる。

人間はだたそこにいるだけで良いのだろうか。
生きているだけでイイのだろうか。

それが自然で動物的な在り方だとも思うし、
何かしなきゃ、とも考える。

きっと、タメになったり、ならなかったりしながら、
この先も楽しさと共に生きてゆくんだろう。

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