「体を動かす修練を積んだ人は、
リズミカルに文章を書くことができる」
と、吉本隆明さん
強弱をつけた、飽きさせない文章の流れや
テンションが大切なんですね。
読み手の感情グラフを想像しながら書く気持ちでしょうか。
(ディズニーでは映画を作る際に、
仮想の感情グラフを描くという)
さぁ、冒頭、自らハードルを高くしていってみましょう。
ラグビーっぽく、ハードタックラーな文体で、進めましょうか。
やめておきましょうね。
「物事の利ばかり考えないで、毒のほうも考える」
職業ごとの利と毒についても言及。
今やっている仕事はサービス業、
ユーザーを楽しませたりすること。
ウェブ関連だと、それ以前に使い勝手がよかったり、
ということを重視しています。
映像はエンターテインメント業かな。
相手の感情を揺さぶること。と捉えています。
業務というよりは、ほとんど遊んでいるに近い。
遊びながらお給金が入るというシステム。
ウェブに従事する人の毒的要素とは?
やたら横文字を使う? 本質的には違うか。
知らないことを、知っていると言い。
もっともらしい理由をデッチ上げる?
必然性もなく、新技術を導入する?
「目高・手低」
目利きになってしまい。
実作業の品質レベルから格段に離れていること。
作家や編集者、評論家などの環境を例に挙げ
わかりやすく説明してもらいました。
こうなってはいかんな、と感じていたのと、
普段、ディレクション(制作のとりまとめ、進行管理)や
プロデューサー的(お金の管理、対外的で穏やかではない交渉)
な役回りが多いので、少しでも実作業をと思い。
John Johnのサイトを0から創ってみた。
何年か前に、「一度、自分でサイトを作ってみなよ。」
と友人2人に言われたことも、ずっと心に残っていた。
広い意味で扱うと、今回のサイト制作は、
生まれて初めて全部1人で創ったサイト、とも言えます。
いかに、調節や微調整が大変で面倒な手順か、
普段とは違う視点からの発見があり、
途中で諦めそうな弱い心も把握。
今後の仕事にも、活かしていけそうです。
レベルアップとゆーか、ティロリリッティッティ~ン♪
といった音も聞こえた気がした。少しだけ経験値が貯まったような。
「その人の精神状態に、何らかのプラスを与えることだ」
この言葉には、吉本さんの言うところの慰めがありました。
John Johnのサイトを見て、驚いたり、楽しんだり、笑ったりして
いただけているようなら、救われます。
「働いた分は、そのものの価値の中にちゃんと入る。
それは必ずそこに入る」
自分が手がけたモノや実績の品質は、
どう評価されようと、自分で一番、良いところも悪いところもわかる気がします。
(たまに、自分ではよくないものだと考えていても、
世間様から良し、と評価していただけることもあり、驚きますが)
「人を見るときは、生きるモチーフを見る」
その人の目的とするところや専門性に関しての部分で
優れていると考え、決して全体的にとか、人間的に偉いとかは
判断しないように、と。
ここ数年で、特に意識しますが、
24時間一緒に生活してみないと、その人間の評価はできません。
職業でも地位でも、名声でも、所得でも、手がけた仕事でも、
一般的に言われている性格や、雰囲気で判断するものではないし、
できない。
「計算高さは、顔や挙措振る舞いの中に自然に出てきてしまう」
利潤的には相当低いこともやっています。
学生時代しかしらない友人が知ったら、ビックリしてアゴが外れたままでしょう。
「やっぱりよくねぇな、この経営者は」
と、この好々爺に言われねぇように、しっかりとした顔や振る舞いをしないとな。
「いいことをいいと言ったところで、無駄だということです。
(中略)いいか悪いかではなく、考え方の筋道を深く追わなければ、
問題の本質が見えてきません。」
マルクスは読んでいないけど、
マルクス的な視点のようです。関連書物も読み漁ろう。
進路相談を受けたりするので、ついでに。
就職でどの会社へいこうか、どの学校を受験しようか。
業種をセレクトする苦悩と向き合い、悩んでいる方もいるでしょう。
ジョブチェンジの必要性や、ダーマの神殿に駆け込む人も
いる時期かもしれません。
「進路に迷ったら両方やる」 とのコト。
荒俣宏さんも同じようなことを、川の流れに例えて言っていたなぁ。
両方の修練は、必ず役に立つ。 ってさ。
実感としても効果大。
マイナス思考の観点からはリスクヘッジとして、
プラス思考の見方として、個性確保。
他人とは代替がきかない、自分個人の特製として有利。
新成人にも向けて、送る言葉。
人に何からのプラス・エネルギーを与えながら
自身のポジショニングを少しだけ意識してみてください。
そして、悪い大人に騙されないように、
真贋の鑑定眼を身に付けておくとお得。