2008年6月 4日

最強ブログ営業術

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自営業をやっていたり、
忙しくて営業する時間がとれない人、シャイな御仁、
社内のコミュニケーションで悩んでいる方向け

普通のブログをビジネスブログへする
ための橋渡し方法が書いてあります。
自分自身のストーリーを公開し、キャラを設定、
どんな専門性があるのかをブログで公開したり、
店舗の魅力を伝え集客に繋げる。

実録として読者やお客様が読みたいのは、
仕事の内容、世界観、そしてさまざまなノウハウや情報なのです。

例えば私のブログを読んでくれる人は、
私が今日はどこに行って何をしていたのか、
あるいは何か役立つノウハウを書いていないかが
気になるから見にくるわけです。

私がどこへ遊びに行き、趣味で何をしているといったことを
読みにくる人はほとんどいないのが現状です。

読み手の意識として、得したいというのはもとより、
損したくない! という心理が働くので、
そのあたりを刺激するテーマを提供できたら効果大

書くべき点は、「プロとしての技術的な知識・意見」と
「商品・サービスにかける思い」です。

会社内ならば、適したポストや、希望する職位に就くためにも、
ブログの活用は効果的だと思う。
大きな組織にいると、自分のことで手一杯で、
同じチームの人の趣向や特技すら知らなかったりするから・・・

自分自身のコト、自社製品の素晴らしさ、
熱い想い、しっかり伝えていますか?

2008年5月31日

アルファブロガー

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ブログやったら人生何が変わる?
と質問を受け。

記事書かなきゃ!
って強制力が働くので
(好きで書いてるんだケド・・・)

日常の些細な出来事を凝視してみたり、
感情の起伏を普段より意識するようになりました。

自営をしている方は(会社内にいたとしても)、
自分のキャラやスキルをさらけ出せば、
営業ツールになる。かもと回答しつつ。
(サイトは静的な、ブログは動的な情報発信ツールとして)

嬉しい出会いのコトや、今回発見した
「その時代を生きていた実感」や「長々と説明できる」といった点も追加で。

11人の有名人気ブロガーとアフィリエイターが、
ブログを毎日続ける理由や、ブログの良いトコロ、
書くという行為で自分自身をハックすることや、
ネットの過去と未来について明かしてくれます。

皆さん、一言でいうと「面白いから」やっているようです。
結局やってみなきゃ、面白さはわからんと。

2005年(3年前)のアドバイスが中心ですが。
極東ブログのfinalvent(ふぁいなるべんと)氏は
これからブログをはじめる人にこう語る。

自分を見失わず、続けていくことだと思います。
人気が出たりすると、このネタは受けるのかとか、
こういう意見が支持されるのかとか、
あるいはこんな意見が期待されているとか、
そういう影響は受けると思うのですが、
それはやはりどこか自分を失っていく道のように思えます。

やってみないとわからないことが多いので、
とりあえずできるところまでやってみる。と行動を促す。

―――ブログを書き続けることにより何が得られるのでしょうか?

今という時代を生きていたなという実感
でしょう。
それと以前より社会の物事をクリアに見るようになると思います。

ウェブ担当もメールに始まり、メーリングリスト、掲示板、ホームページ作り、
SNS、ブログと一通りその時代の技術で遊んできたワケですが、
たしかに、後なって振り返ると、ツールのお陰でその時代を生きていたなという
実感が色濃く記憶に残っています。

マスメディア側にいて、表現の限界を感じていたR30氏は、
パブリックへ向け語ることについてこう話す。

やっぱり雑誌記者としてずっと思ってきたことなんですけど、
自分が物を書くことによって傷つく人が必ずいる、
っていうのを意識することかな。

自分の文章によって社会的地位を失ったり、お金を失ったりする人が出る。
自分が他人の人生を言葉一つで狂わせるかもしれない。
だから少なくともこれで誰かの人生が狂ったとしても、
「俺はこういう理由で書いたからそういうことが起こっても仕方がない」
と言えるだけの理論武装を持って書く
それがパブリックに書くということだと思います。

ブログに書く記事のジャンルは分散させた方がよいのか、
それとも、集中させた方がよいのか、
一つのジャンルを確立させた方がよいとも言われているが・・・

記事のジャンルに迷っている人は、
R30氏の「一人で編集長をやっている」概念がためになる。

意識的に複数のジャンルについての話を混ぜるっていう作業ですよね。
料理の話を書くときもあれば、政治の話を突っ込んでみたり、
人生論を語ってみたり。

要はバラエティがないと、メディアっていうのはある程度のマスを獲得できない。
読者からしても、自分が期待している記事と期待していなかった記事が
混ざって出てくるというところに、本当のメディアの快楽って
あると思うんですよね。

ブログは営業ツールになりうるのか?
磯崎哲也氏は自身の体験を語る

まったく見知らぬ人から突然仕事が舞い込んでくるケースが
増えたわけではないんです。
どういう現象が起きたかというと、知り合いの知り合いや、
一度名刺交換したくらいの方から仕事の話がくることが
非常に多くなったんですね。

というのは、私が一言では説明できない
「得体の知れない」仕事をやっているので(笑)、
ちょっと知ってる方でも、今までは「こいつは何をやっているんだ?」
とわからない部分があった。
それがブログによって「ああ、こいつはこういうことやってるんだ」とか
「こういう考え方をするやつなんだ」ということがわかってもらえるようになった。
「得体の知れない複雑なこと」を説明
するには、ブログは最高の媒体です。

軍人将棋と将棋を題材にして続ける。

専門家の仕事の本質的な部分がガラス張りになっていった場合に、
ビジネスにどういう変化が起こるのか、というのは、
非常に興味のあるところです。

磯崎さんが渡辺聡さんに教えてもらったという小話をからめ、
Googleで専門知識をサーチできる時代に
いったいどこで差別化をはかればいいのか、という話題。

アメリカのある相談サイトで法律部門の一番人気の回答者が
実は小学生だった。
っていうのがあったそうです。

(情報が)オープンになったら全員が同じ仕事ができるのかというと
そうではないですね。将棋は完全情報公開のゲームなのに、羽生名人と
四段の棋士では実力が雲泥の差なのと同じ現象が起こるのではないでしょうか。

一般の人がブログを書くという行為は、みなさん「人から人へ」の情報のオープン化
としてやってらっしゃるんだと思いますが、
もう一つ「人から機械へ」情報を移転していくという側面でもあります。

映画『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』、人形使いの台詞
「コンピュータの普及が記憶の外部化を可能にした時、
あなたたちはその意味をもっと真剣に考えるべきだった・・・」
について、今すぐ考え始めなければならないかもしれません。

ブログを楽しむ理由を、ミーム(模倣子、複製)にも話を振りながら

有名なリチャード・ドーキンスの『利己的な遺伝子』では、
生物が子孫を残すツールとして遺伝子を持っているんではなくて、
遺伝子が自分のコピーを残すための「乗り物」として生物の体を作っている
という考え方の転換が図られています。

遺伝子という名の生物(エイリアン)に、
乗り継がれて(乗り捨てられて)ゆくのか?

渡辺千賀さんがブログを始めた切っ掛け。

普段考えていること、感じていることが、
口頭では上手に伝えられない感じが常にありました。
いろいろと前提になることが私の中にあった上で、
特定の意見を言っているんですが、口で話すと最後の意見だけが
エキセントリックに相手に伝わってしまう感じ。

そうしたことを、書き文字という「長々と説明できる」
「読み手が自分のペースで理解しながら読んでくれる」という
メディアで伝えてみたい、とずっと思っていたので、そのためのツールが
ブログというイメージでした。

口ベタだったり、時間をかけて思考を煮詰めたい方に
つきまとう、もどかしい問題を解決するツールという位置づけ。

どういう読者を想定しているのか? という質問に対して

あんまり想定してないです。
せっかく誰にも文句を言われない
書きたいことが書ける自分のサイトなので、
他人のために書くのではなく、自分が面白いと思ったことを、自分が面白いと
思うように書くことにしています。

ITとバイオ、ヘルスケアを繋いで事業を立ち上げる渡辺さんが
もどかしい、歯がゆいと感じているコト

日本の企業の方、特に技術者の人たちは、
自社と他社を比較して考えたことがないことが多いので、
「あなたの会社の技術で、世界に誇れる点は何ですか?」
という、非常に基本的なセールスポイントを導き出すまでが結構大変なことです。

英語圏の(日常やブログに限らず)ディスカッション好きと
日本の相違点についての面白い切り口

「子供のころにじゃんけんを多用するか」が原因ではないか、
という仮説を私は持っているんですが(笑)。
「どちらがチャンネル権を持つか」という兄弟喧嘩でも、
最後はじゃんけんで決めませんでした?
でも、こっちの子供は、延々と「なぜ自分が見たいチャンネルを選ぶべきか」
と、へりくつをこね回して議論し続けます。
そういう訓練が、大人になってからのディスカッション力につながるのでは、と。

はてなの伊藤直也さんが、プログラミングやインターフェイスの開発、
サービス業の適性を見つめる。

「モテたい」ことと関係があるんじゃないかと(笑)。
モテたい人は他人からよく見えたいじゃないですか。
そうすると、自分がいいと思った服を着るんじゃなくって、
他の人がいいと思った服を着るようになる。

自分がいいと思うインターフェイスを作るんじゃなくって、
他人がいいと思うインターフェイスを作るとか。
格好良く言うと、人の立場に立って考える。
簡単に言うと、モテたい(笑)。

ユーザビリティに配慮したければ、
モテたいと強く願っている人材を配置すればイイわけだ。

「キーボードで悪口を打たない」のは鉄則です。
という信条の橋本大也さんが、ブログをはじめて気付いたこと。

メルマガは僕の方から送っているので、
相手の領域に入っている感じがして、
こちらに責任が生じるような気がします。
ときどきすごく真剣な口調で怒ってくる人もいて、
僕が読者と取りたい距離以上に、遠すぎたり、近すぎたりしていました。
一方通行で投げているだけだと疲れちゃいますが、
あまりに密接すぎるコミュニケーションも疲れます。

それに対してブログというのは、僕の書くものが読みたくなければ
読まなくていいわけだし。
そういう発信している側の気楽さが最初は面白かったです。
「見たい人は見てよ」っていうことですね。
やっぱり読者とのインタラクションがよい感じでないと、
続けるのは難しいと思います。

書評をまとめる秘訣も興味大ですが、
情報源の活用方法がこれまた面白い。

面白いものを見つけたときにも、試しそうなヤツにメッセンジャーで
「これいいよ!」と(試してもいないのに)送ったりして、
向こうが「確かにいいね」と言ったら使うとか(笑)。

切込隊長こと山本一郎さん
アフィリエイトが儲かるかどうかについて。

もうほんとクソみたいなもんですよ(笑)。
僕も最後には全部外しちゃいましたからね。
自分の書いた本のまで外しちゃいましたよ(笑)。

MSNがスポンサーとなったGREEのイベントについて

会場の前まで行って帰りました。「ふざけんな!」と(笑)。
まあ自分が言うのもなんですが、ああいう「IT業界臭さ」ってのは
敬遠されるじゃないですか。

mixiもそうですけど、「mixi運営するのは大変です」というのを
公式に訴えて、はじめてお金を払う人が出てくるわけですから、
コミュニティの互助的な部分は、コア顧客を作る際に有効なのは間違いありません。
そこに「マイクロソフトでーす」
とかって出てきたらユーザーは
「なんだ、俺たちがお金払わなくてもいいじゃん」ってことになりますからね。

インフラになるものと、頭打ちになるサービスの違いについて。

逆説的なんですが、「連帯意識」だと思うんですよね。
「2ちゃんねる」や「ニフティ」をやっていたらわかるかもしれないんですが。
ライブドアのブログを使っている人たち同士が「俺たちライブドアだ」とは
言わないんですよ。でも、mixi使ってる人は「俺たちmixiだ」と言う

梅田望夫さんはブログをスタートし、
雑誌や新聞、書籍では直接得られなかった、裸で読者と対峙すること。
を経験してからの思考や行動の変化について教えてくれる。

あるときからネットの向こう側に「高校時代の教室」をイメージするように
なりました。16、17歳なのにあんな凄い奴がいたな、
こんな凄い奴もいたな、という昔のこと思い出し、
そういう人たちが、「高校の教室」を出て3年、10年、20年、30年という歳月を
過ごし、そして今ネットの向こう側にいるんだなと思いました。
人が一人生きているということはそれだけで凄いことであり、
こういうことを実感できたことが自分にとっての大きな財産になった。

自分だけが成長したり、進んだり、あれこれやってみたりしているんじゃなく、
方向性の近い友人たちが、共に歩んでいたことを知り、
それらが交わるコトが、興奮であり、楽しいことである。と

インターネットにおける競争の核が、ブラウザからポータルからサーチに
移行したことは、少し抽象的にいえば「いかに世界を理解するか」が
最も重要になったということです。

サーチの次はなんだろう? ブログやSNSの登場で
「いかに人の心と繋がるか」だったような気がする。

その先を想像することで、ネットの「次の10年」のヒントになりそうだ。

2008年5月23日

ブログを本にする本

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本にする本なので、
製本代なども掲載されています。
自ら本を作りたいと思っている方にも向いていますが
前半の文章組み上げ視点がためになる。

(素人に本を出版させて、利益を得るような
ビジネスモデルも流行ったが
少しだけ、それに近い営業記事もあり)

アクセス数が気になりますか?
ブログやSNS(mixiとかね)をやっていると、どうしても気になるアクセス数

本書では、アクセス数を気にかけない。
文章を書く、何かを表現する目的としての
閲覧者の数というのは、根本的に切り離して考えるべきである、と。

目に見える成果として勘違いしやすい数字や、
文才といった目に見えないものまで、意識することはないと断言する。

これまで読み手主体だった出版業界が
書き手主体にシフトしている状況を受け。

ブログやSNSでは、創造者(書き手)が1人、
それに対してコメントを出す議論者が9人いれば、
場の外側に90人程度のロムっている(見ているだけの)参加者が
発生する。適正人数というか適正比率のようなものがあるようです。

都合よく生成される記憶

人間は、言語化するよりも先に、体感覚として記憶することを主体とし、
そのせいで事実としての鮮度が違ったり、実際の時間軸とは異なる事象を記録

上記を踏まえて物語を紡ぐ手段を解説する。

ブログやSNSで日記を書く上で、気にかけておくと
表現が広がりそうな思考法

Aさん(ブログの書き手)、Bさん(閲覧者)がいるとして、
AさんがBさんについての記事を書いたり、やりとりした瞬間に
下記の4つの視点が発生

「Aさん自身の視点」と相容れない「Bさんの視点」

本人の思考内では発見できない、ズレの感覚
「Aさんが見てきたBさん像」「Bさんが見てきたAさん像」

もしかしたら、このズレの開き具合によって、感動を揺さ振られるのかもしれない。

事実と物語を様々な視点から把握しておくと
広がりもできるし、自分でさえ知らない物語が
自分の文章の中に存在することに気付く。