2010年2月19日

「本当に使える」勉強法

できるビジネスマンのための「本当に使える」勉強法 キャリアアップ研究会  表紙画像

駄目な勉強法

できるビジネスマンのための「本当に使える」勉強法
著者 キャリアアップ研究会

タイトルの裏の意味、要注意の勉強法が面白い。

  • 天才にしかできない
  • 脳を鍛えると主張
  • 著者のセミナー案内
  • ノート作り

様々な勉強本や方法論に対する、ハッキリとした辛口批評、
「ここはイイ!」「ここはザンネン!」の、残念部分だけ読むのも一興。

怪しい本や、胡散臭い著者を暴く
姿勢が痛快だ。

2010年2月 9日

ぼくらの頭脳の鍛え方

ぼくらの頭脳の鍛え方 佐藤優 立花隆 表紙画像

インテリ風
古典ガイド

ジャンル別の古典ブックリストを見て、
知的遺産を活用できれば。

興味ある書籍が紹介されているが、
タイトル通り、彼らの頭の鍛え方であって、
あなたの頭脳にシックリくるかは疑問なところ。

立花隆さん、佐藤優さんのことが好きならば・・・ といった感じ。

2009年12月11日

1000冊読む!読書術

1000冊読む!読書術 轡田隆史 横浜関内伊勢佐木町のカフェバー 音楽好きが集まる洒落た飲み屋 ウェブ担当がオススメする書籍

本読め!

著者は、元朝日新聞の
轡田隆史 (くつわだ たかふみ)さん。

本を読んだ方がイイ、
そのコトを長々語っているだけ。

2009年11月16日

空気を読むな、本を読め

空気を読むな、本を読め。 小飼弾の頭が強くなる読書法 横浜関内伊勢佐木町のカフェバー 音楽好きが集まる洒落た飲み屋 ウェブ担当がオススメする書籍

本と接する

小飼弾の頭が強くなる読書法

読書の仕方、本との接し方を紹介。

小飼弾さんのオススメするリストは、
SFに偏ったりもしているので、あくまで一例として活用したい。

(リストはネットに転がっているので、そちらを参考に)

2009年9月18日

だから、新書を読みなさい

だから、新書を読みなさい 奥野宣之 横浜関内伊勢佐木町のカフェバー 音楽好きが集まる洒落た飲み屋 ウェブ担当がオススメする書籍

選ぶか
選ばされるか

著者は『情報は1冊のノートにまとめなさい』
『読書は1冊のノートにまとめなさい』の奥野宣之さん

新書や新刊、情報のラットレースから逃れるために。

情報源を絞るスタイルや、逆張りで個性を出す、
三冊ザッピングで情報を比較するなど、今の現代人への必要性を説く。

新書は情報の試食であることに気付き、
著者の新書への愛も感じられる。 読書の初心者向き。

2009年9月13日

THE21 一流の読書術 二流の読書術

THE21 一流の読書術 二流の読書術 横浜関内伊勢佐木町のカフェバー 音楽好きが集まる洒落た飲み屋 ウェブ担当がオススメする書籍

未来への
疑似体験

マーカーでの時間差色分けや、
折り目の大きさで重要度を分けるなど、
各自の読書術が紹介されている。

フリージャーナリストの佐々木俊尚さんが紹介する
下記サービスは便利そう。

2009年5月 8日

多読術

多読術 松岡正剛 横浜関内伊勢佐木町のカフェバー 音楽好きが集まる洒落た飲み屋 ウェブ担当がオススメする書籍

給油としての読書

宣伝臭が漂い、ビジネスモデルが
垣間見えるのは、大変残念でしたが、
下記の方々が対象です。

  • 本が大好きな人
  • アウトプットにも興味がある人

著者の松岡正剛(セイゴオ)さんは、
どのような読書体験を通じて、本と出逢うことになったのか?

書評や批評ではなく、体験記として記すスタイルは
どうやって生まれたのか?

書籍と向き合い、寄り添い、共に生きるための実践論。
読書好きならば、頷いて読み進められます。

情報伝達について

コミュニケーションとは、
「メッセージ記号の通信行為」ではなくて、
「意味の交換」のためにおこなわれている
編集行為だということです。

相手が、こちらの意図を理解してくれない場面に出くわすと、
つい、情報の伝達方法に間違いがあったのかな?

と反省してみたり、
逆に相手の常識を疑ったりしがちですが・・・

通信した情報そのものが、的確に伝わっていなかったのではなく、
こちら(送り手)の意味や意志、背景を
相手が交換できなかった、キャッチしそこねた、
と捉えると、それが故意なのか不注意なのかが見えてきそうです。

著者は、「曖昧な部分」や「きわどい領域」「余分なところ」に
本の内容へ興味や源泉があると言います。

この部分を、作り手側から考えると、
ズレや狂気が愉しい(ユーザーを喜ばせる)
とも言い換えられるのではないか、と思いました。

2009年5月 4日

Associe あなたが今 読むべき本

Associe あなたが今読むべき本 横浜関内伊勢佐木町のカフェバー 音楽好きが集まる洒落た飲み屋 ウェブ担当がオススメする書籍

440冊の本

三度の飯より、読書が好き!
そんな方には、今号のアソシエは保存版

当ブログでの推薦書籍もランク入りしているので、
感性が近いというか、安心できます。
書評自体に信頼感がおける、というのは大切です。

  • 書く
  • 話す
  • 思考 発想
  • 経営理論 経営哲学
  • 情報収集と活用
  • 営業
  • リーダーシップ
  • キャリア

上記以外のジャンルでも、
間接的に役立ちそうな分野や漫画も含め、440冊の書籍が紹介されていて。

後半では初級、中級、上級と
読み手の知識レベルに適合させて、お薦め本が解説されているので、
段階を経てジャンルを深追いできます。

「ジャパネットたかた」の髙田明さんのインタビューでは、
感動や気持ちを伝えるトークは、どこから発生するのか?
といったことを、髙田さんを通した視点で学び。

セガの名越稔洋さんのインタビューでは、
モノ創りにおいて、捨てるコトの重要さが得られる。

"自分が好きなコト"を見失っている人にもお薦めできる話です。

2009年3月22日

BRUTUS 読書計画2008

BRUTUS 読書計画2008 横浜関内伊勢佐木町のカフェバー 音楽好きが集まる洒落た飲み屋 ウェブ担当がオススメする書籍 図鑑好き

伊藤桂司さんが紹介する本は、
図鑑マニアにはヨダレモノ。

昔の図鑑て、手書きの生々しさが出てて
イイですよね。

プチ有名人をズラっと並べたワリには、
特筆すべき本は見つからなかった。

見所といったら、
日本各地のブックカフェやブックバー紹介ぐらい。

2008年12月28日

黄金のブックガイド

黄金のブックガイド 本との出逢い
醍醐味

頭を良くし(時には賢く見られ)、
心を潤すための読書。
時間的余裕のある時に、視野を広げバランスを保っておきたい。

年末年始、普段より多めに自由時間を確保できるなら、
このブックガイドから、気に入った書籍をピックアップして、貪り読もう。

時間が無い人は、書評を見て、
興味がある本の目星をつけておくとイイだろう。

(だだし、著者が自書の宣伝をカマしてくるので、
信じ込むのは適度にすること)

ビジネス面で即効性のあるものをリスト化

  • 洗脳を防ぐ
  • 財務会計
  • 倫理観と哲学
  • 良質な質問のストック
  • リスクを抑えた資産運用
  • "図読"アウトプット
  • 仕事とは問題解決
  • 読後、自分で何かする
  • 自分の強みを知る読書
  • 本を通じて部下の個性を知る

素直であることのメリットと危険性、
"仕事とは問題解決である"
なんだかんだ理由を付けて、最近忘れていた。

何年か時間が経って、自分自身が変化していたり、
状況が変わっていたりすれば、読みたい本も違ってくる。
その時は、もう一度、本書を読み返してみたい。

ビジネス書を書く側が、
一読者に転じた時の、本への想いが垣間見える。

P.98 和田裕美さん
時代が変わっても、人が変わっても、
ページをめくるといつも、そこにある言葉は前と同じ姿で、
言いたいことをころころ変えないで
ずっとその時代に生きていてくれるから本が大好きで、
そこに向かうときとても素直になれるのだと思っています。

             (~中略~)

心に届くフレーズを探すように
本の世界を旅する方が、
情報を得るためだけに読むよりも本当はずっと好きなのです。

大人になってから、食べ物の好き嫌いが減った気がするのは、
自分が食べたいものしか食べていないから。それは読書も同じ。

どうしても興味のある分野、ジャンルに偏りがちなので、
メンテナンスをする意味でも、書評に目を通しておこう。

2008年12月27日

10年後あなたの本棚に残るビジネス書100

10年後あなたの本棚に残るビジネス書100 本から逃げない
本に逃げない

年末年始、皆が遊んでいる時にこそ
読書をしよう。

神田昌典さんと勝間和代さんが、推薦書を各々50冊選ぶ。
両氏のファンなら味わい尽くせるリストとなっているが、
フォロワーでなくても、参考になるビジネス書が紹介されている。

自書の宣伝は、小脇において、
あくまでコンサルタントと会計士が自分たちの業務範囲での実務経験を
基にして選んでいることを忘れずに読み進めれば間違いがない。

読書論というよりは、役立ちそうな書籍が中心なので、
サラっと目を通してから、めぼしい本を購入すれば良いだろう。

2008年11月 5日

ビジネス選書&読書術

投資効率を100倍高める ビジネス選書&読書術 読書は、
稼ぎに直結

いい歳した大人が、何かの感想を聞かれて
「面白かったよ・・・」だけじゃ、ちと悲しい。

パソコンやネット、メールの発達で、昔と比べて、書く行為が増えた昨今、
脳がどうとか、遠回りなスキルではなく、もっと直接的に効果がある、
今スグ使える、頭が良くなる、賢く見えるための技術。

■概要
ビジネス書オタクを自称する藤井孝一さんが、
本を通して予想外に発展してきた“得する出来事”を紹介。

  • 本の投資効率
  • 本と優秀な人の関係性
  • “できる人”を読書で落とす
  • 本を読まない人とは付き合わない
  • 読むだけに閉じないアウトプットの仕方
  • 対話しながら読む
  • 書評の執筆
  • 立ち読みブラウジング良書セレクト
  • 書店選び
  • 読書人脈
  • 本で社会貢献
  • 贈り物としての本

“読んで終わり”にしない、一歩先ゆく読書術。

■お薦めしたい対象者

  • 読書習慣は無いが、進化したい人
  • 読書を生活に組み込めない人
  • 読書の目的すらわからない人
  • 文章を書く必要がある人

空間と余白が多く、文字が少ないので、読書に取っ付きにくい方にお薦め。
読書家なら書評メルマガ、書評ブログ、お薦めビジネス書のリストが役に立つ。

本を読んで得をすることを基盤として、
書籍、読書を通して脳に負荷をかけ、鍛え上げる。

読んだ時間の3倍思考し、
良書を抜き出す“選書眼”を開眼、
本を選びつつも、本から選ばれる人間になる。
また、夢想家にならないための本選びの指南書でもある。

現代人、身体は人間、頭はサル?
投資としての読書のコストパフォーマンスの良さ、
読書を通じて得たメリットを教えないともったいない。
という視点から描かれ、著者の本に対する想いが伝わってきます。

目次と、あとがきを裏読みしたり、仕組まれた書評に注意するなど、
売るための仕掛けを見抜くテクニックも解説されている点にも注目。

読書しながら、作者と対話すると良い。とは多くの方が言われていますが、
対話の内容も、ただ目の前に作者を想像するだけではなく、
共感、質問、反論、比較、鵜呑みにしない
など。そこまで掘り下げることができれば、さらに効果的です。

普通のビジネスハック? と思って立ち読みしてチェックしつつ、
読書レポート用のテンプレートがあったのが気になって後日購入。

著者の下心も素直に書いていて好印象。
読書レポート作成テンプレートだけでも価値アリです。

読書が日課になっていない人は、書籍は直感で選べば良い
と思っているかもしれません、たしかに直感は大事ですが、
直感に頼れるほど、読書経験を積み重ねてきたのでしょうか。

“本を読むための本”を読む必要は無いと考えている方にこそ、
書籍を選ぶ前に、いつも通り、何気に読書をはじめてしまう前に
読んで欲しいと感じました。

時間が足りないとお嘆きの皆様に、是非この機会に、短期間で学べる、
効果的な書評、文章を書くフレームワークを身に付けていただきたい。

読むだけに閉じない、アウトプットにまで至ってからが
読書の意義だと思っているので、本書は最適です。

時間の経過と共に内容を忘れてしまうので、
自分用データベースとしてレポート作りを始めた著者。

外部記憶装置としての書評作りの切っ掛けはウェブ担当と同じ、
本に線を引いたり、書き込んだりはできないものの・・・
(人に譲ったり、後から見返した時に、邪魔になるから。
一番の理由は再読した時、新たな発見ができなくなる。
まぁ、再読する時間があれば、新しい本を読んじゃうんですけどネ)

当ブログは、記事ごとにツラツラ書いているので、
体裁が整っていない分、読みにくいのではないかという疑問が自分の中にあり。

本書の書評用テンプレートをカスタマイズして、ブラッシュアップ。
自分なりのテンプレートに昇華させてゆけたらな、と。

読書に限らず、レポート、ブログ、各種資料、感想文
読み手を想定した書類すべてに応用できる一冊です。

P.157
私は、ビジネス書のソムリエを目指しています。
相手の要望や悩みを聞き、相手のニーズに合わせて、
その人にピッタリの書籍をタイムリーに薦めることです。

これは、ホームドクターのイメージに近いかもしれません。
相手の症状から、最適な薬や簡単な処置、
病院の紹介などを行うお医者さんです。

ウェブ担当のお節介な性質が相まって、
目指すところは、世に役立つ書籍ソムリエか!?

2008年9月25日

「読書力」養成講座

「読書力」養成講座 5段階の読み方
シフトチェンジ

長年の癖で、1つか2つの読み方しか
身に付けていない人向け。
本の内容、目的に合わせたペースで読む。

  1. 速読
    求める情報を探すために、要点を素早く把握するための読み方
  2. 通読レベル1
    最初から最後までふつうに読む読み方
  3. 通読レベル2
    最初から最後まで、論点を整理し、考えながら読んでいく読み方
  4. 熟読
    注や参考文献を参照しながら、きっちり理解するために読む読み方
  5. 重読
    生き方などに関する座右の書として、何度も繰り返し読む読み方

経営、マネージメント、戦略論などの
必読文献60冊をあげ、文脈に沿って
解説されているので、参考として目を通しておきたい。

2008年9月12日

バカにならない読書術

バカにならない読書術 本のカタチを読む

「知育=入力」→「徳育=演算」→「体育=出力」
の流れの中で、読書を切り口にして教育を語る。

裸足で外遊びをすると識字率の基礎が高まる?
バイリンガル教育は子供の教育に悪影響?
アメリカを追って、ポジティブ病
なりつつある日本の問題点を、養老孟司さんが解説。

後半は、読書大好きな池田清彦さん、吉岡忍さんも
加わって、3人で言いたい放談。これで今までの読書術がひっくり返る!

第一部 第一章 「読み聞かせ」と子どもの脳

子供に遊ばせるなら、「循環」を意識してあげると良いそうです。

P.21
「魚釣り」と「魚捕り」の優劣

「魚釣り」より「魚捕り」の方が、圧倒的に有効だと私は思います。
「魚捕り」は変化に富んでいます。
魚を見つけても、捕るのは簡単ではありません。
網で追いかけるだけでは捕れません。
網を置いて、反対方向から追い込む。
流れの一方をせき止めて逃げ出せないようにする。

発見もたくさんある。同じような流れなのに、
住んでいる魚の種類が違うのはなぜか。
こっちにはこの魚がいるのに、あっちにいないのはなぜか。
このカニはどこから来たのか、どこかに住処があるのではないか。
エサは何を食べているのだろう。

       (~中略~)

入力―演算―出力の循環は、相当にぐるぐる回っていく。

「釣り」は一対一の駆け引きはあると思いますが、
ひたすら浮きを眺めているだけという気がします。
集中力を養う、という点ではいいように思いますが、
「循環」という点ではどうでしょう。
もちろん釣りにも、餌や糸の長さの調節、場所の選択など様々な変化に富む
部分はあるとは思いますが、そういうことを考えるようになるのはやはり、
ある程度大人になってからの話で、幼い子どもはそこまでは普通できません。

自分が子供のころはどうだったか、たまには想いを巡らせて。

P.24
自分のことを、こんなにも愛情豊かに、関心を持って接してくれている大人がいる。
それを子どもは敏感に感じている。
子どものために、ある時間をフルに使っているわけでしょう。
大人がそういうふうに子どものためにフルに時間を使うということは、
現代生活で非常に少ない。子どもが一番感じているのは、
それじゃないでしょうか。

親が自分にどれだけ本当に関心を持ってくれるかということは、
子どもにとっての大きな関心事です。

それは保育園くらいの子どもが典型的です。
大人が自分のほうを見て自分に関心を向けているということに対して、
ものすごく敏感です。子どもにとっては、
大人は神様みたいなものですからね。

我々は文武両道の意味を間違えて捉えていた?

P.33
「入出力が循環する」ことの大切さを最初に表した言葉こそ、
他の著書でも書きましたが「文武両道」だったと思います。
「文」というのは、脳に入るほうで、いわゆる「知育」です。
「武」というのは出すほうで、つまり「体育」です。

「文武両道」とは、本来、入力した結果を身体で動かし、
身体を動かすことで新たな入力を得る、という意味だったのでしょう。
ところが、いつごろからか、勉強も運動もできる、というように、
別々のものにしてしまった。

その誤解があまりにも定着したから本場の中国で次に何を言い出したかというと、
王陽明の「知行合一」なんです。「知」というのは入力で、「行」はまさに出力。
それが一つにならなきゃいけない、という考えです。

しかし、それもまた誤解された。誤解されてどうなったかというと、
大塩平八郎になり、三島由紀夫になった。
つまり、頭で理解したことを直ちに実行しなきゃいけない、ということになった。

そうじゃない。「知行は循環する」という意味なのです。
赤ちゃんが歩き出してハイハイし始めて、世界の景色が変わる。
その変わったことを見ながら行動が変わる、
「知行合一」はこの循環を意味していた。

そのことを、おそらく、いまの人たちは、
よくわかっていないのではないでしょうか。
何しろあの三島由紀夫だってわからなかったくらいですから。

P.35
学校で文武両道というと、勉強しながら甲子園に行くことだと思っている人がいる
かもしれない。昔の人なら午前中は正座して『論語』を読んで、
「師のたまわく・・・」とやって、午後になったら竹刀を持って道場に出て殴り合う。

そうではなく、『論語』を読んだ結果が
自らの行動になって出てきて戻る
ということなのです。昔の人はちゃんとそういうことがわかっていた。
われわれがひたすら誤解しているのです。
後世になって絶えず誤解を繰り返している。

第二章 「読書脳」の仕組み

P.38
訓読み(日本読み)=表音
音読み(中国読み)=表意
脳の部位が異なる作業を、二つを同時にこなしている日本人は、特殊能力の持ち主。

脳の一点豪華主義は間違い?

P.53
なぜ、いまの人たちは、いかにして脳の特定部分の能力を発達させるか、
ということに熱心なのでしょうか。読書が脳の前頭葉の発達にいいとか、
それを受けて、世の母親が強迫観念のように、
子どもに本を、というのはその典型です。

いまの人はそうやって前頭葉なら前頭葉ということを中心にして
ローカルな因果関係に自分を合わせようとする。

私はそれがいいことだとは思わない。
ローカルな問題があることはたしかだけれど、
生き物は身体全体で一つ。全体主義、というのが私の立場です。
脳だってホリスティック(統合的)に考えないといけない。

前頭葉の血流が増すことが大切ではなくて、
先ほども述べたように、入るところと出るところ、
つまり入力と出力が豊かにならないと、
真ん中の「演算」部分はサボるのです。
真ん中にプログラムを作っていくことが一番重要なことなのであって、
そのためには出口と入口を広くしておけばいい。

ところが大人は両方閉めてしまっています。
閉めた方が楽だからです。
年を取ると、新しい状況に適応するのは容易じゃないからです。

これは、医学的にもはっきりしています。
具体的に言うと、中学生までだったら脳みそを半分取っても普通の人に戻ります。
ぎりぎり高校生くらいまで、何とかなる。
しかし、年を取ってから脳を半分取ったら、半身不随で一生治らないでしょう。

高校生だったら何とか治ります。中学生だったら、障害がまずわからなくなる。
小さいときはそこまで融通がきくんです。
その可塑性がすごく大事なことです。

大人になると入出力がどんどん狭くなるわけだけど、
子どものときは大きく開けておけば
いくらでも発達していく。

読書の害。何事もバランスが大事。

P.56
本ばかり読んでいてもしょうがないと、昔は言われたものです。
私も本が好きで一生懸命読んだけれども、先生は「本ばかり読むな」と。

大学院に入ったら私の先生は「本読んじゃいけないよ」って言ってました。
本を読むと、自分で考えなくなる、と。
本を読むということの意味を、もちろん、わかったうえでのことです。

第三章 「唯我独尊」としての読書

ネガから拾う読み方。

P.61
本を読む楽しみはいくつもあると思います。
私の場合は、いわゆるネガの部分、見えない部分を読みとるのが楽しい。

本というのは患者さんの言い分だと考えているからです。
特に精神科の患者さんになると、普通の人とは違う言い分を大量に持っています。
それを一生懸命言いたがっている。医者はそれを聞いてやるのが仕事です。

本屋に行って本がたくさん並んでいるのを見ると、
精神科の待合室みたいだなと思います。
本になって売られているということは、どの本も
「当たり前のことを言っていない」わけだから、そう思ってしまいます。

何か言いたいことがあるから本になっている。
患者さんだって、何か言いたいことがあるから病院に来ている。
だから本屋は患者の集団みたいなものです。
医者という職業意識で見るとそうなります。

行間を読むというのは、この人はこんなバカなことを書くのかと思っても、
その一方で書かれていないところに何かを読む、ということだと思います。
そうやって読むと面白い。それは医者の仕事に通じます。

だとえば、あるテーマを扱っている本があるとします。
よくテーマを「切り取る」と言うでしょう。
その人の切り取り方で落ちているものは何か。別の言い方をすると、
その人の見方で見えていないものは何か
と絶えず考えながらその本を読む。

コミュニケーションの裏口から入る。

P.62
本というのは、実はコミュニケーションだということがよくわかる。
コミュニケーションというのは、相手が直接言葉にして言っていることの
意味を理解すること、と考えがちですが、それは、最低レベルの作業です。

人間、他人に対して、そうそう本音など話しません
真実だからこそ、直接には言いにくい、ということも多々あります。
だから、相手が直接口にはしていないけれど、
本当はこういう思いでいるのではないか、
本当はこれを言いたいのではないか、と推測して、
自分が出すべき言葉を探すわけです。
新聞を読んでいても、同じです。
新聞が記事で書いていないことは何か、
そしてそれはなぜか、を考える

あなたは今どきの人?

P.70
若いときっていうのは、自分のことを他人が本当にわかってくれているのだろうか、
わかってくれるにしてもどこまでわかってくれるのか、
ということを、本気で悩む時代です。

ところが、いまの若い人は、
「わかってくれている」「わかってくれる」
という世界から育ってきた。

「わかってくれる」という世界から育ってくると、
他人を説得するとか、自分をわかってもらおうという努力をしないはずです。

冗談じゃない、と私は思います。人間は本来、
お互いに通じないもの。
だからこそ、言葉がある。

そこのところがわかっていない。
言葉こそが共通だということがわかっていない。
逆に言えば、相手にそこまではわかってもらえるんだな、
ということがわかって初めて、言葉の重み、ありがたみが、
理解できるはずなのです。

いまの人は、はじめから親も他人も自分を理解してくれる、と思っています。
そもそも親が完全に子どもをのみこんでしまっている。
そういう世界で育ってきた子どもは、他人がまさか自分と違うことを体験している
とは、夢にも思っていない。

だから私は講演で、いま目の前の私を見ている100人が100人、
違った私を見ているでしょう、と強調するのです。
そのこと自体、気がついていない。
テレビの画像が典型的です。
テレビに映る映像は個人の視線に相当する画像のはずです。
しかし、現実には日本で言えば、1億2000万人の視線が最初に存在している
ということを置き去りにしている。それが情報化社会だというわけです。
つまり北京の天安門広場に100万人がいたら、100万の経験がある。
その100万の経験を、「天安門広場の事件」という一言でかたづけてしまう。

紙媒体とネットの違い。

P.71
私は虫が好きですが、ひとりしかいない母親ですら息子がなぜ虫が好きなのか、
一切理解できないという状況で育ってきました。
そういう環境で育つと、長い間には説明ぐらい上手になります。
60歳をすぎれば虫のことを書いた本くらい売れるようになる。

それは一生懸命説明してきたからです。
いまの人は説明する必要がないところにいる。
話を元に戻すと、若い人は印刷物以外で読んでいます。
ネットがそうだし、携帯電話もそう。
それらは従来なかったタイプの知覚言語です。
それにシェアをかなり取られている。

ネットには量的制限、つまり枚数制限がありません。
いくらでも書けるんです
つまり、長さとコストの関係の問題が激減した。

私もいま、ネットで「タケシくん虫日記」というのを書いています。
毎週のように出かけている昆虫採集とか、虫の話題を書いているのですが、
そうすると、どんどんオタク化していきます。
それでもネットの場合は構わない。
いくらオタク化してマニアックな細部を延々と書き連ねても、
相手が読まなきゃいいわけですから。
これが紙媒体だと切られてしまいます。

あまりにもオタク化するので最近は呆れ返られていますが、
しかし、そのメリットというのはかなりのものです。
いままでだったら削らざるを得ない詳細が、ネットの場合には
きちんと入れることができるわけですから。

だから、送り手としてもネットと活字はかなり違うんです。ネットだったら
どこまでも詳細を追究していっていい

ウェブ担当も、メールにしろブログにしろ、ついつい長文になってしまう。
ウンザリされるかな? なんて恐る恐るキーを打ってます。
最近は、本を紹介する場合でも、一言コピーを付けるようにしました。
それがその本のカタチであり、詳細を知りたい方は、
下の方を読んでね☆ ってスタイル。

自分のためだけに、書くか。相手に読んで欲しいか、読ませる文かによっても
適度な長さがあると思うんだけど、「読まなきゃいい」ってのは寂しいかな(笑)
さらに足すと、瞬時に検索されて、色々な人に届くってのも嬉しいメリット。

メディアの怠慢(あてにしてないケド・・・)

P.75
いまのメディアは、世間を無視しすぎています。
亡くなった阿部謹也さんが日本世間学会というものを作って、
世間というものを非常に重要視した。
私もまったく同感で、阿部さんと同じころに「世間って大事だな」と思っていました。

社会学というのは、実は日本では世間学のはずです。
その世間というのを客観的に記述するというとき、いったいその
客観の軸をどこに置くべきか
という問題が起こってきます。

ある文化はある文化の基準の中で生きているわけだから、
その中で自分自身がいる文化をどう客観的に記述するかというのは、
軽業みたいな仕事です。

それで私の場合は「脳」の研究になったのです。
どんな世界の人でも脳を持っていない人はいなくて、
すべての文化は脳に関わっているんだから、脳という基準を置けば、
それは外部から世間を記述することが
できるんじゃないかなと考えたわけです。

熱しやすく冷めやすい国民性、再び。

P.77
環境問題に対するいまの世間の雰囲気は、ちょっと不気味です。
よくみると極めて不気味な世間が、見事に出てきたという思いがします。

私が小学校に入ったばかりの
戦争中の雰囲気によく似ているのです。
当時、小学生に「大きくなったら何になる?」と聞くと、
男の子ならどの子どもも「兵隊さんになる」と言った。

いま小学生をつかまえて「環境問題って何か知ってる?」って言うと、
みんな「知っている」と言うでしょう。この雰囲気です。

いま環境問題は、「CO2の排出を減らしましょう」
「排出削減に一兆円かけましょう」。
だれも文句を言わないし、言いにくい
そして最後には、「今からでもできること」になる。
これも戦争中にそっくりです。
「欲しがりません、勝つまでは!」と同じでしょ。

ホント、そろそろ自国の利益を考えたらどうか。
大昔から、それが国家のあるべき姿だろう。

P.79
こんな資源のない国が食っていくためには、
モノに付加価値をつけて作って売るしかない。
それにはどうしてもエネルギーが必要です。
そして、いまCO2を減らさなきゃいけない国は、
日本じゃないことは、はっきりしています。
そのことをいつ日本は口にするのでしょうか
「環境問題は大事です」と声高にキャンペーンをすると、
どんどん省エネをやるしかない。
でも日本がこれ以上省エネをやってどうするんだと思います。

京都議定書の議長国だから、と
ええかっこしたって、だめなのです。

読書で社会安定は可能か?

P.81
世の中が平和なときはいい。
けれども、ある危機的な特殊な状況ができる場面になってくると、
世間はこのようになってしまうわけです。

そのときにブレーキをかけなきゃいけない。
そのブレーキは何だということになると、
日本では神様がいないから
非常に難しくなる。実証的にならざるを得ない。

戦後、良心的といわれた作家が基本的にそうでした。たとえば広津和郎。
松川事件のとき、冷静な見方をしようとして、事実にこだわって書いた。
それは、健全な日本的ブレーキのかけ方です。
それがなかったために戦中に何が起こったかというと、
鬼畜米英になった。そうした傾向はいまでも同じだと思います。

だから私は、だれでも日常生活で肌で感じていることから始めようというわけです。
おかしいところはすぐ違和感として感じる
昨今の環境問題もそうだし、禁煙運動もそうです。

結局、日本というのはだんだん状況が厳しくなってくると、ある種、
原理主義的な固いものが出てくる。多様性を否定する雰囲気が出てくる。
だから、そうした世間と微妙に距離をとるために、
本を読むということは非常に役に立つのです。

ただ、その距離の取り方が難しい。
実は、ふだん読書で訓練するということは、そこなのです。
つまり、本の中に書かれていることというのは必ず現実とずれている。
それは「距離」なのです。
この時代にこんなことを考えてるやつがいるんだよな、
ということで頭を冷やすわけでしょう。

本を読むということは、社会の安定化装置の一種なのです。
頭を冷やすのに一番いい。本というのは、
アジっていても、読者がアジテーションだとわかる。
そこがおしゃべりと違う。
書いている本人と読み手との間に距離がありますから。
それがわかっているから、
ヒットラーもムッソリーニも演説をした
のです。しゃべったのです。
つまり音声言語のほうがあぶない。

真の情報化社会とは、「体験を一般化できる形に変換」とある。

P.84
最近の本を読んでいて非常に気になっているのは、
いい叙景文がないということです。

景色とか、自分の見たものだけを文章にするというトレーニングを、
今は子どものころに一切していないんじゃないか。つまり、
感覚入力を文章にするという情報化作業
を、先生もできていないのではないか。

それをある時、国語学会で言ったら、誰かが、
昭和30年代に国語の教育から一切叙景文を消した、
というようなことを言っていました。

詳しいことはわからないのですが、乱暴に言うと、
テレビができてきたことと関係があるのかもしれません。
つまり、景色を文章にするよりは、
カメラで写しちゃったほうが早い
ということです。

外出先で文章を書いていて、まわりが騒がし過ぎる場合、
いつもの「お気に入りの音楽」を聴きながらキーをパチパチやってるワケですが、
怖くなって、思わずイヤホンを外した。

P.87
書く力のある作家がいなくなってしまったのか、
あるいは読み手がそういうものを求めていないのか。
おそらく両方でしょう。
読み手も書き手も、生きてきた背景が同じ
ですから。

郊外に行くと全部コンビニになり、スーパーになり、パチンコ屋になり、
レンタルビデオ屋になり、ファミレスになり、イオンになる。

そういう世界で平気でいられるということ自体が、もはや
自分の見るものにさまざまな変化がなくても平気
だという人たちを量産しているわけでしょう。

第二部 バカにならないための本選び

  • 米国がわかる本
  • 価値観変える本
  • 科学を楽しむ本
  • ミステリーと言えば
  • 鴎外 vs 漱石
  • 勝手にノーベル文学賞
  • 旅行記を手に
  • 京都でマンガ三昧
  • 伝記は女が書く
  • 太宰と安吾
  • 居酒屋で哲学を
  • 「時代小説」万歳
  • 意外な詩人は
  • 唸る写真集

伏せ字の愉悦。

P.105
養老:
アメリカは自由だというけど、言論統制の強い社会だよ。
モロに利害がかかわったら、大統領だって消される。
戦前の日本の検閲のほうが正直だ。全部「×××」って伏せ字にするから。
アメリカは、検閲したことが
わからないように直しちゃう

戦後は日本にもそういう文化が入ってきちゃったけれどね。

池田:
伏せ字っていいよなあ。何となく意味ありげなニュアンスが出るし。
僕も、×××ばっかり使って原稿を書きたいよ。
「池田さん、ここの××って何ですか?」って聞かれても、
本当は考えてなくて、ただ面倒くさいから×にしただけだったりしてさ(笑)。

養老:
日本語は、原稿用紙のマス目に書いたから、××って記号が使えるんだ。

吉岡:
伏せ字は正直だよね。5文字削除とか、ご丁寧に字数まで計算してるじゃない。

池田:
「××××主義」なんて書いたって、マルクス主義だとほとんどの人がわかっちゃう。
あれはわかる人はわかってもいいですよ、という文化なんだ。
昔のエロ本には「オ×××」とか書いてあって、
このほうがよっぽど卑猥だと思うんだけど。
そういう文化はアメリカにはないだろう。

養老:
あるわけないよ。

アメリカの真っ直ぐさを笑いに変換。

P.106
池田:
それに過剰なくらい健康志向で、サプリメントをじゃんじゃん飲んで、
タバコは吸わなくて、というのがアメリカ人の典型でしょ?
ポジティブすぎて疲れるな
『アメリカ病』を読むと笑っちゃう。
僕みたいに、いつもやる気がなくて、「早く学校やめたい」「面倒くさい」と
言っているやつは、あの国では完全にアウト。

養老:
ニューヨークに行ったとき、僕は時差があって眠れないから、
朝の4時にセントラルパークに行ってみたら、もうビジネスマンだとかが
ジョギングしてるんだ。あれってクレイジーだよなあ。

吉岡:
にもかかわらずアメリカ人の寿命は延びてないでしょ

池田:
そういうことをするから延びないんだよ(笑)

『戦争における「人殺し」の心理学』からアメリカ社会を
読み解く吉岡さんに対して。

P.109
池田:
人を殺したくない、というのは生得的なものだから、
条件反射にしちゃうか、敵方の人間の姿が見えないミサイルや空爆にして、
兵士の抵抗感を減らすしかない。
でも、最近の日本では、対面で殺す事件がいっぱいあって、あれはどういうふうに
頭がぶっ壊れてるのかなって、心配になる。

ブッシュとゆーかアメリカは石油利権を狙ってるんだろ。と思いながらも。
実行制圧されてる日本の島々について。

P.119
池田:
イラク戦争でも、イラクの人は、アメリカ人全部がブッシュのように攻撃的だと
思い込む。もう一方で、アメリカ人の中にあるイラク人像は、イラク人が思ってる
自己像とは全然違う。
そういう齟齬が二進も三進もいかなくなっているのが現在でしょ。
ブッシュだってイラクに3年ぐらい住んでみれば
いいんだ。

吉岡:
作家自身が『雪』は政治小説だと言っている。
ふと思ったのは、いまの日本には、市井の人々の生活実感から
権力までを描く政治小説ってのがないなあ、ということね。
これ、文学の衰弱の一番の理由でしょ。

池田:
政治っていうのは、要するに、
実態を知らない人がやってる
わけだから(笑)

吉岡:
そういう政治しかないことの、反映というわけか。

池田:
人は、自分の日常に関係ない視点に立つと、
過激なことでもどんどん言えて、原理主義に走る。
いま日韓の間で問題になっている竹島問題だって、
昔だったら間違いなく戦争になる事態だよ。
それが、離れた島の話だから、日本でも韓国でも政治家は原理主義になる。
そのほうが大衆受けはいいからさ。
自分の利害関係のないところというのは、
人間、いくらでも過激になれる。
「2ちゃんねる」なんか見ててもそうだ。

純粋過ぎる恐怖。何か一つだけを信じる怖さ。

P.120
養老:
「自分はこう思う」というより、
「どう見えるか」のほうが信用できる
だいたい人の意識なんて当てにならないんだよ。
人間の意識は実際に行動を起こすより半秒遅れだ、という
衝撃的なことを書いた本が『ユーザーイリュージョン ― 意識という幻想』
たとえば僕が水を飲みたいと思ってコップに手を出したとする。
じつは脳はその0.5秒前に動いてるわけ。
自分の意識が発生する以前に、脳がどう動くかは、
もう脳自身が決定してしまうことなんだ。
だから、理由なんて後付けなんだということが、
科学的によくわかる。東洋の文化は、玄関に打ち水をしたり、
周りの状況から整えようとするでしょ。
意識的な行為はそのあとにくる。こういうやり方が、
ほんとは正しいのかもしれない。

吉岡:
悲しいから泣くんじゃなくて、泣くから悲しいってやつだね。

池田:
ある幼稚園で、子どもの自立心を養うためと称して、
本人が「ありがとう」という気持ちにならなければ、
ありがとうと言わなくてもいいと教えているんだって。
そういう学説もあるらしい。僕は直感的に、
そんな幼稚園大丈夫かな、と思う
だって、ありがとうって言えば、ありがたくなるもんじゃないの。
やっぱり意識化中心の原理主義はよくないよ。
『ポル・ポト<革命>史 虐殺と破壊の四年間』を読むと、
その悲惨な末路がよくわかる。彼らは、人間はすべて善人だから、
ちゃんとした教育を受けたら全部よくなる、
だから悪い親と切り離して子どもだけしっかり育てればいい、と考えた。
性善説原理主義だな。

吉岡:
ポル・ポト一派は普遍主義の国、フランスで教育を受けた。

池田:
そう。昔のフランス革命の理念みたいなものを根っから信じていた。
理想主義の人が政権をとって親玉になると、
国民が全部不幸になるんだなというのがよくわかるよ。
やっぱり親玉は純粋だけじゃだめ。
悪いこと全部わかってるやつじゃないとな。

吉岡:
連合赤軍事件やオウム真理教事件を見てても、
純粋主義が最悪の結果をもたらすことがわかるな。
結局、上からの粛正になっていく。

借り物文化、文明に浸りすぎた結果?

P.148
養老:
漱石は結局、西洋の個人主義は日本では成り立たないと言いたかったんだろう。
あれは西洋近代独特の考えで、自我とかエゴとか、そういうものを・・・。

吉岡:
ある「かのように」やっていくしかない、と。

養老:
そうそう。個人主義も人権もある「かのように」な借り物文明なんだよね。
それが100年経って、もうグズグズになって、自分探しとか、
自分に合った仕事とか、個性を伸ばせとか言ってる。
もう完全にむちゃくちゃ

池田:
そう言われた学生はむちゃくちゃだとは思ってなくて、
まっとうだと思ってるから気の毒なんだよ。

養老:
でも、個性って生まれつき持っているものだろう?
人間に生まれつき決まっているものに価値があるんだったら、
士農工商の江戸時代より封建的じゃないか。
そのうえ業績主義とか言ってるから、
もう何のことかわからなくなる
だから若者が働く気がなくなったんだよ。

どっちつかずの有益。

P.159
池田:
意外なのは、首相経験者のチャーチルがノーベル文学賞を
受賞していたこと(1953年)。

       (~中略~)

池田:
チャーチルは「25歳のときリベラルでない者は情熱が足りない。
35歳のときコンサーバティブ(保守主義)でない者は知恵が足りない」って言った。
本人がほんとに言ったかどうか異論があるらしいけど、たしかにそう。
僕なんかいまだに知恵が足りない(笑)。

吉岡:
政治家がああいう回想録を書いて、ある時代をわしづかみにするっていう・・・
なんで日本にはそういう政治家がいないのかね。

養老:
世間ががっちりガードしすぎるんだ。
もうそれは無意識的に。目立つことは好まれないしね。

吉岡:
うーん、世間か。
きちんと分析したり、警句を発したりとか、
そういう類の本は、世間に好まれないんだね。

養老:
僕は世間の見えない圧力はますます強くなっていると思うよ。
ホリエモンの裁判なんか、典型だな。
しかも発言しなきゃいけない立場の人が、
こぞって黙って見ているでしょう。

池田:
へそ曲がりの僕としては味方してやりたいよ。あれはひどい。
もう完全に国策捜査だ
そういう言説って、一度判決が出ると消えちゃうんだよね。

吉岡:
最盛期のホリエモンを持ち上げた連中
いまは「ひどいやつだった」と手のひらを返している。
ちょっとみっともないな。

池田:
日本の政治家もますます大衆化している。
自分が旗を振って大衆を惹きつけていると思っているようだけど、
大衆迎合そのもの。世論が少し傾いて、49パーセントだったものが
52パーセントとかになれば、そっちに加担した方が選挙では得だと考える。
そうすると、多数派はどんどん勢いを増すけれど、
どんな論理が多数派を形成したのかは
わからない。理屈抜きの多数派なんだ。

養老:
高橋秀実の『からくり民主主義』がそのあたりの機微をうまくつかんでいる。
原発問題でも、沖縄の米軍基地問題でも、
地元の49パーセントが反対、51パーセントが賛成というのが
一番いいっていうんだ。
反対を言わないと政府が面倒を見てくれないし、
完全に反対になっちゃったら、今度は見放されてしまう。
だから、49:51あたりが一番の落ち着きどころになる。
日本の社会は比較的均一で安定しているから、すぐに安定平衡点に落ちる。
そこで安定すると、もうみんな何も言わない

吉岡:
それで、ホリエモンを利用した自民党も、知らん顔なんだ。

養老:
いちいち異を唱えるのも面倒だし、エネルギーもいる。
懲役2年6ヶ月、あそこが社会全体の落ち着きどころなんだ。
一方で、被害者がどうとかっていうんだけど、
株やってて、被害者もへったくれもないだろう。
誰かが損したら、誰かが得をするのが株だろう。
そのことは話題にもならない。

池田:
僕が思うに、被害を受けた人は、ホリエモンじゃなくて
検察を訴える方が正しい

養老:
そうだよ。検察がホリエモンをとっつかまえたから株が下がったんだもの(笑)。

語りが消えたのは、お客さんに必要がなかったからか? その逆か。
理由は、どうあれ自分も相手も馬鹿になってゆきそうだ。

P.220
養老:
講談は「叙景」の文化。そこからすると、本当は日本語というのは叙景ができた
言語のはずなの。見事だったのは井伏鱒二。
彼は景色の描写だけで何ページも書けた。
だけど今の若い人って、人間関係しか書くことがないから。

吉岡:
電車に乗っていると思うんだけど、若い人のしゃべりっは極端に短い。
「これよくない?」「うん、いい」で済んじゃうもんね。

養老:
叙景がなくなった理由は、たぶん
テレビとか写真のせいだよ。言葉で説明しない。
『平家物語』を読むとね、どんな鎧を着ているかから始まって、
そこがどんなところかという状況まで、全部書き込んである。
それをしかもおしゃべりできるようにしてあるから、頭にすっと入る。

吉岡:
講談にもなっているけれど、もともとは琵琶の弾き語りから始まっているからね。
本来小説っていうのは、語りなんだよね。

養老:
「物語り」だから。

吉岡:
だから、字で読むというのは二義的なもので、
一義的には「耳で聴く」という文化があったわけだね。

養老:
そう。それが、なぜか死んだ。小沢昭一が日本芸能史を書いていて、
「戦後に生き残った芸能は漫才だけだ」って。
浪曲がだめで、講談がだめで、ああいう語りの中では漫才だけが残ったというんだ。
考えてみれば漫才界からは国会議員まで出している。

吉岡:
なんで漫才だけなんだろう。

養老:
「対話」だけが残って「語り」が消えたんだね。
聴く耳を持たない人が、随分増えたっていうことなのかもしれないな。

       (~中略~)

養老:
いまは障害の有無に関係なく、ほとんどの人が「視覚型人間」になっている。だから
全体的に論理性が落ちてきて
構築性がなくなる
んだよね。

吉岡:
会話はいま、携帯メールで「見る」ものだしね。

養老:
長電話をしなくなった。

吉岡:
電話で取材を依頼しても、まずはファックスで送れとかね。
ところで、人間の脳みそって、
そんなに簡単に退化しちゃうものなの?

養老:
遺伝子は何世代もかからなきゃ修正がきかないけれど、
脳みそってすごく適応性が高いんだよ。
ハードウェアじゃなくてソフトウェアだから

吉岡:
馬鹿になるのは簡単なんだ。

男の子は、いくつになってもおセンチ。

P.235
養老:
作家って、僕は詩が書けるやつが本物だと思う。
それともう一つ、詩は男のものみたいな気がするんだけど、違う?

池田:
そうそう。逆に小説は女の人のものだよな。
私小説なんて女の人がうまいし。男のほうが頭が情緒的にできてるんだよ。

吉岡:
男のほうが、女よりは絶対情緒的です。
わが身を見てりゃわかる。観念的でもある。
観念を表現するときに、あの調子のいい七五調というのが心地いい。
ごまかしも、できる(笑)。

池田:
だから、恋愛の歌とか、ほとんど男が作ってる。
「女は実体、男は現象」
って、多田富雄の言葉は名言だよ。

おセンチだから、徒党を組んで悪さする輩が多いんだと思う。
義理、人情とか表面的に格好良がっても、
見る側を変えると男同士の愛だからねぇ。

写真集についての対談は、カメラを手にしてる人に一読して欲しい。

P.244
池田:
日本には私小説作品がいっぱいあるけれど、僕から言わせれば、
まあ、たいして面白いのはない。でも、それが売れるというのは、
作家がその内面を出して見せるところに、読者が親近感を感じているわけでしょう。
しかし、写真でそれをやるのはけっこうむずかしいよ。
日常を撮って、芸術的な写真に昇華させるっていうのは大変だよね。
それが小説とは違うところ。そもそも小説は普通の人には書けないからね。

吉岡:
芸術性とか思想性というのは、その人固有のものでしょう。
写真なら、写真家固有のものだ。
でも、ただ自分らしくということだけを考えていても、思想にはならない。
世の中に流通している常識を
ひっくり返さないと、思想に達しない。

その普通に流通している常識――たとえば、いまだったら
国家が大事という世の中でしょう。次に社会が大事で、最後に個人がくる。
その常識に対して、写真は
「国家や社会より、おれは個人が重要だ」
と主張できる。それが思想性だと思うんだ。
いま、比較的個人を打ち出しているのは、文学と写真じゃないかな。
とくにテレビはできなくなっている。テレビで「オレはオレだ」と言ったら、
「勝手にやったら」と言われるのが関の山だもの(笑)
しかし、写真にはまだ個人を写すメディアとしての力があると思うな。

池田:
それは、写真はものすごくプライベートなメディアということだよ。
もっとも、僕なんか、ひっくり返すも何も、もともと現実的に国家が大事なんて、
それは幻想だろうと思ってるけれどね。

養老:
おいおい。これじゃ、写真論じゃなくて思想論だ。
だけど、写真集を語るのも容易じゃないね。写真とは、そもそも
見ている側の「目」が試されるものだからね。

この放談で新たな考え方や視点を得られました。
対談具合を音声で聴いたら面白そう。またやってください~。

2008年9月 7日

フォーカス・リーディング

フォーカス・リーディング 体育会系
ギアチェンジ
損切り速読法

「キャンセル待ちがついにっ!」
とか言われちゃうと、買わずにはいられない。
速読法に興味はあったけど、どれも眉唾っぽいイメージは
ぬぐえなかったので疎遠にしてた。

フォーカス・リーディングとは、
眼、意識、フォーカス、呼吸法をコントロールする
イイとこどり読書術のようだ。
読書原理主義を内包した速読であり、
書く技術でもあるので、ブログを含めたアウトプット・マニア向け。

読書=投資を基本原則として、読書時の視野を広げる。
一読して実践してみたけど、たしかに難しい、
体調によっては、吐きそうになる。
しかし、そこは体育会系。基礎練習を積めば効果が出る。
頑張るのは逆効果、リラックスしながら集中状態を続けよう。

文字を認識することを「見る」→「感じる」→「わかる」→「読む」
の四段階に分けて解説。
通常の読書レベル「読む」から、「わかる」状態にシフトする。

P.140
「読むぞ!」という強い意識と、
ぼーっとしている状態の中間を作ります。
その状態で、視野をコントロールする感覚を探ります。

読みゃイイってもんじゃない。

P.4
あなたは、ひょっとすると「本を読めば成長できる」と
思っているかもしれません。
でも、それは完全な思いこみです
あるいは「丁寧に読むほど学びが多くなる」、
「たくさん読むほど成長できる」と思っていないでしょうか。
それも完全な幻想です
世の中には、「本を読んだ先」にある目的を明確に意識し、
読書を「確かな成長」につなげている人と、「本を読む」という
作業だけに気を取られて、「啓発された気分」
「高まっているイメージ」に浸って時間を浪費している人がいます。

私の知人には、せっせと本を読みながら、時間だけでなく
品格まで失ってしまった悲しい人間もいます。

著者、寺田昌嗣さんは、速読法の講座を開きつつも、
加速ではなく、シフトすることだと謙虚に薦める。

P.21
本がこれだけあふれるようになったら、「何をどう読むか」ではなく、
「何を読まずに済ませるか」
を考えなければいけません。

フォーカス・リーディングの目的

P.24

  • 一冊10分で、一冊の本の中から、あなたに必要な
    行動の指針やヒントを手に入れる。
  • 一冊10分で、あなたが求めていた知識と情報を手に入れる。
  • 一冊10分で、その本の「いいところ」を確認し、
    それをどう処理すべきか理解する。

読書を通じて、成長するとは?

P.36
単に著者の考えがわかったということではなく、
著者の語る視点で世の中を見ることが
できるようになった、行動できるようになったということです。

「知行合一」という言葉がありますが、「知っていても行動に
つながらなければ知らないのと同じ」なのです。

一瞬の快楽に惑わされて、そこで止まらない。

本を読めば何かしら知識が手に入ります。
それすらなくて、ただ「元気をもらった」などと喜んでいるとしたら、
その人は本の読み方を考え直したほうがいいでしょう。
その元気とやらの賞味期限
は何日なのか、年に何回元気をもらえば前に進めるのか、
そこをもう一度考えてみてください。

でも、本を読んで知識を手に入れて喜んでいるのも、ある意味、
それと五十歩百歩なのです。
その知識はいつまで記憶に残っているのでしょうか?
仕事の現場で生かされるほど深いものなのでしょうか?

今どきの本はノウハウが豊富に書いてあるので、
読んだだけで仕事や勉強がうまくいきそうな気がします。
でも、そのノウハウは、一度読んだだけで使いこなせるほど底の浅いものでは
ないはずです。そればかりか、表面に貼りつけただけの薄っぺらな知識など、
数日ではがれ落ちてしまうのがふつうです。

そういう表面的な知識を手に入れたことによる刹那的な満足感こそが、
あなたの成長の敵だと思って間違いありません。

       (~中略~)

はっきりいって、読んでいる最中や、読み終わった直後の満足感なんか、
どうでもいいのです
手に入れた知識が、あなたの中で、あなたの現場でどう生かされたのか、
そこをきちんと検証しましょう。
そこまでしてはじめて、その知識が役に立ったかどうかがわかるのです。

読書からのリターンを、二系統のどちらにするのか決める。

P.76
ある本が「狩猟採集型」なのか「農耕型」なのかは、
本の属性によって決まるというよりも、
本を読むあなたの目的意識によって決まります。

忘れてはいけないのは、この両者はまったく方向性が違うので、
一度の読書の中に絶対に混在させないことです。
いっしょにすると、フォーカスが完全に狂ってしまいます。
あなたが読書に取り組む際にも、その読書はどちらのタイプかと
考える癖をつけてください。

  • 今、この本は何のために読んでいるのか?
  • 本から何かの知識を得たいのか?
  • 本を読み解くことに価値があるのか?

これらをしっかり確認し、そこにフォーカスした読書ができれば、
時間というコストをどう使えばいいかが明確になるはずです。

文字を読むのではない。

P.110
眼は前に、心は後ろに

練習量は多くてハード。一朝一夕で身に付くワケがない。

P.122
「見る」という行為をここまで徹底的に突きつめたことはないはずです。
見ているときの自分の感覚に意識を向けたこともないでしょう。
経験したことのないことですから、
すぐにできるようになるものではありません。

P.127
文字をしっかり見ようとしたり、スピードを上げようとがんばってしまうと、
視野はすぐに狭くなります。そして、行頭・行末だけしか見えていない感じに
なります。そうなると、無意識に行の真ん中あたりを見ようとしてしまって、
眼の動きが二~三段階のカクカクとしたぎこちないものになってしまいます。

つまり、がんばるほどに視野が狭まりスピードは落ちてしまうのです。
目指す方向と逆です。まずはリラックス。
視野を広げて、行をとらえるのがポイントです。

脳の機能として、書いた瞬間から忘れていくような気もする。

P.208
自分が読んだ本の中から、気になった言葉をピックアップして、
メモやブログにせっせと書きだしてる人
がいます。しかし、そのことにいったいどんな意味があるのでしょう?
本から抜き出した言葉の賞味期限は、
それほど長くありません。それを眺めてエネルギーに換えられるのは、
本の内容を鮮明に記憶している期間だけです。
本の記憶が薄れるのとシンクロして、
その言葉も輝きを失っていきます。

いや、記憶が薄れる以前に、言葉を書き出せば書き出すほど、
一つ一つの言葉の価値が薄まります。
「座右の銘」は、一つが二つだから心に留めておくことができるし、
だからこそ人生の指針となるのです。
それが、10個も20個もあったら、一つ一つが意識に上がってくることは、
ほとんどなくなります。

せっかくの熱意と意欲を無駄にしないためにも、
言葉のコレクターになること、さらには、
言葉のコレクションを増やし続けることの
投資対効果を、冷静に考えてみてはどうでしょうか。

P.210
もし、メモしなければならないことがあるとしたら、
それは本に書いてある言葉ではなく、
読み解く過程で自分が考えたこと
あなた自身の意見です。

本に書いてある言葉は、本を開けばまた確認できますが、
その瞬間の思考は、次の章に入った頃には
再会が果たせぬ状態になっています。

本に線を引いたり、印を付けることについての是非と方法。
著者の考えをコピペして、自分のモノにした気分にならない。

P.212
情報を受け止めるということは、著者の意図はどうあれ、
自分の問題意識をベースにして
価値のあるメッセージとして解釈し直す

ということです。

       (~中略~)

目指すべきは、著者の主張を縮小コピーしたような金太郎飴ではなく、
あなたの意志と妄想で大胆にデフォルメ
されたフィギュアです。

効果はすぐに表れない。自分の読書とじっくり向き合う。

P.221
「時は流れない。それは積み重なる」――
サントリーウイスキーのCMの中に出てきた、私の大好きなフレーズです。

あなたが過ごしている「今」という時間は、
確実にあなたの「未来」につながっています。
熟成を急がず、刹那的な満足に走らず、
少しずつ「今」を積み重ねていくことで、あなたの「未来」は作られます。

いつか時間が経って、来た道をふり返ったときに、
たしかに成長した自分がいる。
本を読む前と読んだ後とで、まったく違った視点と行動力を持った自分がいる。
そんな自分を目指したいものです。

2008年6月22日

最強の「読書術」

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東洋経済の読書特集。
速読がイイのか? じっくり読んだ方が効果的なのか?
本好き、読書好きが公開する、それぞれの読み方スタイル。

手法は人によってバラバラだが、共通しているのは
書くなり、人に話すなりしてアウトプットをすること。

そのアウトプットは、後々自分で要点を流し読みする時にも
役に立つだろう。

『本を読む本』の読書レベルが、図解されていたので
分析読書に関する大事な部分を抜粋

  • 著者の問題としている点は何かを知る
  • 著者が解決した問題はどれかを検討する
  • 判断には必ずその根拠を示す。知識と意見の違いを明かにする
  • 著者に反論する際は、著者の知識不足、知識の誤り、
  • 論理性の欠如、分析の不完全をしっかりと示す

2008年5月29日

本を読む本

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正しい読書の方法を、教わったことがありますか?

「この本つまらないなぁ」という感想を持つ時、
もしかしたら理解できないアナタが悪いのかもしれない。

精神や心を成長させる。または実利に繋げる読書は、
初級読書→点検読書→分析読書→比較読書の手順を踏む。
仕上げに、著者の解決が何であるかを見いだし、
読者が自分の意見を述べる段階まで至る。

本は読んだら終わりではなく、
読み終わった瞬間に何かが始まっていなければならない。

外山滋比古さんの訳のお陰で、難解な内容もスラスラ読める。

私たちは、テレビ、ラジオ、雑誌から(情報を)受け取っている。
そこには気のきいた言い回し、選びぬかれた統計、
資料などがすべて整えられていて、私たちはいながらにして
「自分の判断を下す」ことができる。
だかこの知的パッケージがよくできすぎていて、
自分の判断を下す手間まで省いてくれるので、
読者や視聴者はまったく頭を使わなくてもすんでしまう。

自分の頭でものを考えなくてもよいような仕掛けに組み込まれてしまい。
考える必要がなくなってしまった。その結果はご想像のとおり。

自分の理解を超えた本を読むときこそ、
読み手はいっさい外からの助けに頼らず、
書かれた文字だけを手がかりに、その本に取り組まねばならない。

読み手自らを著者のレベルに引き上げてこそ、理解がすすむ。

「書物には味わうべきものと、呑みこむべきものとがある。
また、わずかだが、よくかんで消化すべきものもある」

分析的に読むことを、哲学者フランシス・ベーコンの言葉を引用して説明

本は一軒の家のようなものだ。
各階に大きさや形の異なる部屋がいくつもあって、
それぞれに外観や用途の違う大邸宅のようなものである。

例えが絶妙、本の骨組みがしっかり理解できる概念だ。

著者の問題としている点は何であるかを知る

著者の解決が何であるかを検討すること

本が読者に向かって語り、読者は本に語り返す。

もっとすぐれた本の場合は、再会したとき、
本もまた読者とともに成長したようにみえるものだ。

こんな優れた本達に囲まれて暮らしたい。
その資格を得るためにも、日々学んでいこう。

人間にだけ与えられたこのすぐれた精神も、
筋肉と同じで、使わないと萎縮してしまうおそれがある。
精神の鍛錬を怠ると、"精神萎縮"という代償が待っている。
それは精神の死滅を意味する恐ろしい病である。

読書をするようになって久しいのに、
改めて読書の仕方を習い直すなど・・・ 屈辱的か?

2008年3月20日

本は10冊同時に読め!

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元マイクロソフト(日本のね)の社長、
成毛さんが書いた、亜流に生きるための本。

言ってることがキツイので、
あてはまる人は不愉快に、
あてはまらない人は愉快に、
両方を兼ね備えているウェブ担当は、
愉快痛快不愉快怪物くんでした。

何が凄いって、庶民以下の生活を望むなら、この本買わないで、
吉野家にでも行って牛丼食えば?
って出だし

本を読まない人はサルであると言い切り、
それに繋がる職業差別と、ベストセラー批判がヒドイ (だが痛快)

「なんだとっ! このやろう!」と憤慨できるところが1つはあると思うので、
そうやって自分の脳ミソに刺激を与えてやるも良し。

話の辻褄が合っていないところはご愛嬌

ジャンルや方向性の異なる本を同時に読めば、
脳のさまざまな部位を活性化することができるのでは?
という、仮説に基づいて話は進んでゆく

同時多読は、ビジネスシーンでも活用できる、と。

「他の人が探すだろうところから情報を集めていたのでは、
他の人が思いつくようなアイデアしか生み出せない」

他人の意識外の素材を、アイデアの元にしろ、とゆーことです

今、あなたは何歳だろうか?
40代までに庶民から抜け出せないのなら、一生庶民だと考えたほうがいい」

本を読む、読まないという行為は、その人の品格に関わると言う成毛さん
「目に見えない哲学や理論を構築したりするのだ
想像力が欠如している人間には、到底味わうことのできない媒体なのである」

成毛的、読書を楽しむ方法
「批判しながら読めば、自分の意見を重視して
相手の意見を受け入れないことになる。それでは、
読む前の自分と何も変わらないではないか

2008年3月19日

非属の才能

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『ゼブラーマン』の作者、山田玲司氏が孤独について語る。
納税マシーンや消費単位にならないための行動学でもある。

動物行動学者の考察は、その時代の若い女性が下す判断が
遺伝子的にもっとも正しい選択だという。

遺伝子レベルで有用なエラーを起こしているオスを
求めていると、山田さん。無用なエラーじゃなくて、
あくまで有用なエラー(個性や能力)ってトコロが大事

周囲の「暖かな焚き火」が才能を曇らせる、とも。
孤独が大切だということですね。

多くの書物を読むことで、時空を超えて作者と
一対一のサシで語り合うことができる。と、
読書術についての方法論。こうやって意識しないと、身につかないよなー

自分の中にある非属の才能を、エンタテインメントとして、
みんなのために、わかりやすく翻訳したり調理したりすることが
必須であると結んでいた。

2008年3月14日

一流社員が読む本 二流が好む本

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プレジデントの書籍特集

買ってよかった。
読んだことのない本や、知らなかった作者に出会えたよ。

普段、俗悪メディアに洗脳され過ぎて、
何から読んでいいのかわからない、仕事に活用できる書籍を
探している、人生をより豊かにしたい。
そんな方々にオススメの良書リスト

「9割の人は情報の洪水に流されている」と警告する、
田坂広志氏。流されないために、知識の生態系を育てる方法と
知識と知恵を区別するきっかけを教えてくれる

本の著者の魂と格闘し、自身の原体験を見つめ直す。言霊を求める。

クリシュムナリティの言葉
「世界はあなたであり。あなたは世界である」
には言霊がぎょうさん詰まっている。

オムロンはの作田社長は、
「何をするか、でなく。何のためにするか」
「経営も人生も、戦うことが生きること
と指標を挙げる

「何をしたか」は見えやすいが、「何のために」は見え難い。

また、「理想や信念、目標を実現したいという自分の思いと、
それを阻む外的条件や世の中の不条理。この対決から逃げた瞬間に、
生きることが、もう半分は意味がなくなってしまうのではないでしょうか。」

日々戦う自分を、自分自身で見つめ、精一杯やったなと思えるようにしたい、と。

2008年2月21日

人間力を高める読書案内

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人間力が低くて悩んでる人も
高すぎて困ってる方も御一緒に。

EQ、レベル、MP等々、人間力を計測する
指数は様々ですが、
じゃあ、いざ上げるっつーと、どーするのか?

本を読めと言いたい。言わせてくれ。
もちろん、人間力の高い人々の集いやら会合が
あれば、そっち優先DA☆YO

本読めって言ってる自分自身が
この読書案内に載ってる34冊のウチ、3冊しか
読んでないって裏話は、htmlの隙間にでも隠しておこう。

こーゆー、リスト的な書籍は良いですねー
レビュー込みで、あらすじもまとめてあって
いつも時間に追われている、アリスの白ウサギなビジネスパーソンにオススメ

『独学のすすめ』(加藤秀俊)
 日本の教育を受けた学生たちには、「問題」というものは
 すべて解くことができるものという馬鹿げた思いこみがある。

『あなたの話はなぜ「通じない」のか』(山田ズーニー)
 何を言うかより、だれが言うか

『人生の短さについて』(セネカ)
 「人生が短いのではなく、われわれがそれを短くしているのだ」
 「自分が誰のために自分の時間を使っているかを考えよ」

『自省録』(マルクス・アウレーリウス)
 「他人が何を言い、何をおこない、何を考えているかについて
 めったに考えもしないようにする」

『修養』(新渡戸稲造)
 「いかなる方法をもってしたら、自分の名を知らせることができるかと思うて、
 日もまた足らぬ心地して、出なくてもよいところに出て、
 頼まれもせぬところで喋舌し、人に邪魔にされる所に出しゃばる。
 名を得るために奔走する有り様は、傍らから見ても笑止千万である」

その他にも、以下を読めば著しく人間力が高まるよな気がする。

 『努力論』(幸田露伴)
 『知的複眼思考法』(苅谷剛彦)
 『巨人軍論』(野村克也)
 『「分かりやすい文章」の技術』(藤沢晃治)
 『ヘンリ・ライクロフトの私記』(ジョージ・ギッシング)
 『スヌーピーたちのアメリカ』(廣淵升彦)

一足お先に高まったら、教えてクレクレ